1954


 

命はも 淋しかりけり 現しくは 見がてぬ妻と
夢にあらそふ
                    明石海人

 

(いのちはも さびしかりけり うつしくは みがてぬ
 つまと ゆめにあらそう)

 

意味・・私は何とも言い得えないほど侘(わび)しいもの
    だ。現実には逢えない妻と夢で逢えたというの
    に、その夢はいさかいの夢だったのだ。

 

    昭和10年頃の当時はハンセン病は不治の病と言
    われ、その療養所の中で詠んだ歌です。
    仲睦まじく暮らしていた妻、もう逢う事の出来
    ない妻、その妻の夢が、あらそいの夢だったと
    は、淋しいものだ。

 

 注・・はも=上接する語を特に強くとりたてて示す語。

 

作者・・明石海人=あかしかいと。1901~1939。本名は
     野田勝太郎。会社勤めの後、ハンセン病の為、
     長島愛生園で一生を終える。

 

出典・・歌集「白描」。