ありし世の 旅は旅とも あらざりき ひとり露けき
草枕かな
赤染衛門
(ありしよの たびはたびとも あらざりき ひとり
つゆけき くさまくらかな)
詞書・・頼りにしていました人に先立たれて後、
初瀬の寺に参詣して、夜泊まっていた
所に、草を結んで、「枕にしなさい」
といって。人がくださいましたので、
詠みました歌。
意味・・夫の生きていたころの旅は、旅という
ほどのものでもありませんでした。
今は私一人、辛くて涙ぽい草枕の旅寝
をしていることですよ。
「枕にせよ」といって結んだ草を贈ら
れた好意に対し、夫の死後の旅寝の述
懐によって答えた作です。
注・・ありし世=夫が生きていたころ。
露けき=涙がちな。
草枕=旅寝の枕詞。
作者・・赤染衛門=あかぞえもん。生没未詳。
1041年頃80歳余。平兼盛の娘とも伝
えられている。
出典・・新古今和歌集・923。