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母の齢 はるかにこえて 結う髪や 流離に向かう
朝のごときか
                 馬場あき子
 
(ははのよわい はるかにこえて ゆうかみや りゅうりに
 むかう あさのごときか)

 

意味・・亡き母をふと思いなが髪を結う。すでにはるかに
    母の齢を越えてしまった。それを思うと、今朝は、
    こうして髪を結い、よるべない漂泊に出る朝のよ
    うに思われる。
           
    短い生涯であった母に比べて、いつしか自分は母
    の齢をはるかに越えた。すでに母と別れた日は遠
    い昔となった。考えて見ると、母の短い生涯にも
    安息は無かっただろうが、自分にもまだ安心出来
    る安らかな生はない。
 
    「流離にむかう朝のごときか」には、親などに頼
    らず寂しいが、全てから離れて孤りになりながら、
    なおかつ一人の生を歩むといった思いがあります。
    流離については島崎藤村の詩「椰子の実」を参照
    して下さい。


 

    「結う髪」に焦点を集め、瞑想の一つの世界が始
    まるという事を自然に引き出しています。

 

 注・・流離=流浪、故郷を離れてあちこちをさまよい歩
     くこと。親や人に頼らずに迷いながらも歩いて
     行く。
    よるべ=よって頼る所、また頼る人。
    安息=安らかに休むこと。

 

作者・・馬場あき子=ばばあきこ。1928~。昭和女子大卒。
    日本芸術院会員。「かりん」創刊。
 
出典・・歌集「飛花抄)」(栗本京子著「短歌を楽しむ」)
 
島崎藤村の詩「椰子の実」、参考です。
椰子の実 - YouTube

 
1 名も知らぬ遠き島より
  流れ寄る椰子の実一つ
  故郷(ふるさと)の岸を離れて
  汝(なれ)はそも波に幾月
 
2 旧(もと)の木は生(お)いや茂れる
  枝はなお影をやなせる
  われもまた渚を枕
  孤身(ひとりみ)の浮寝(うきね)の旅ぞ
 
3 実をとりて胸にあつれば
  新(あらた)なり流離の憂い
  海の日の沈むを見れば
  激(たぎ)り落つ異郷の涙
 
  思いやる八重の汐々(しおじお)
  いずれの日にか国に帰らん
 


名前も知らない遠い島から

流れてきた椰子の実が一つ

 

故郷の岸をはなれて

おまえはいったい何ヶ月の間

波に流されてきたのか

 

椰子の実が成っていた元の木は

今も生いしげっているのだろうか

 

枝は今もなお

影をつくっているのだろうか

 

わたしもまた 波の音を枕に

一人寂しく旅している

 

椰子の実を胸に当てれば

さまよい歩く旅の憂いが身に染みる

 

海に沈む夕日を見れば

故郷を思い あふれ落ちる涙

 

遠い旅路に思いを馳せる

いつの日か故郷に帰ろう