1894


 

下京や 紅屋が門を くぐりたる 男かはゆし
春の夜の月
                     与謝野晶子

 

(しもぎょうや べにやがかどを くぐりたる おとこ
 かわゆし はるのよのつき)

 

意味・・おぼろに霞む春の月夜、京の下京、卸問屋の居
    並ぶその町筋の家々は、すでに大戸を下して、
    人通りも少なく静まりかえっている。とその時、
    (「女」が使用する高価な口紅や頬紅を商う)「
    紅屋」のくぐり戸を開けて、こっそり入って行
    った「男」がいる。朧な月影のもと定かではな
    いが、いかにも遊び人らしい若旦那風の「男」、
    夢中になっている「女」へのプレゼントのため
    に「紅」を買い求めようとするのか、宵闇に紛
    れて、恥をしのんでやって来た男、そのけなげ
    な心根、それがいかにもいじらしく、「可愛い
    なあ」と思います。
    
 注・・下京=住宅の多い上京に対して商家が密集して
     いた。

 

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺女
    学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形と
    なる。

 

出典・・歌集「みだれ髪」。