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見渡せば 西も東も 霞むなり 君はかへらず
又春やこし
               九条武子

 

(みわたせば にしもひがしも かすむなり きみは
 かえらず またはるやこし)

 

意味・・家から一歩出て、外を見渡すと、ここ京の都は、
    西を見ても東を見ても、ボーと春霞に霞んでお
    り、柔らかく捉えどころもない。君は留学した
    まままだ帰らない。ああ、また一年が過ぎ、春
    がやって来たのであろうか。自分の内部にとら
    われて、一人寂しくこもり暮らしていた間に。

 

    夫である君は今、留学してロンドンにいる。
    作者も始め一年ほど同伴してロンドンにいたが、
    一人帰朝した。別れの際に三年過ぎたら必ず帰
    ると約束したにもかかわらず、音信のないまま
    むなしく三年は過ぎ去った。その頃詠んだ歌で
    す。

 

 注・・君=夫・公爵の九条良致(よしむね)。

 

作者・・九条武子=きゅうじょうたけこ。1887~1928。
    西本願寺の法主の次女。公爵の九条良致(よしむ
    ね)と結婚。京都女子大学を設立。佐々木信綱に
    師事。

 

出典・・新万葉集。