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  己が名をほのかに呼びて
  涙せし
  十四の春にかへる術なし
                          石川啄木

 

(おのがなを ほのかによびて なみだせし じゅうしの
 はるに かえるすべなし)

 

意味・・自分の名をかすかな声で呼んでみて涙を流した、そ
    んな少年らしい自愛心を抱いていた自分が思い出さ
    れる。が、あの十四歳の春に私は帰ろうにも帰るす
    べがないのだ。

    この歌の原作は
   「君の名を仄(ほの)かによびて涙せし幼き日にかへり
    あたはず」です。
   「君の名」を推敲して「己が名」にして歌も変えてい
    ます。自分の名を呼んで涙した少年らしい感傷とい
    うより、十四の春にかへる術なしを強調しています。

 

 注・・ほのかに=聞こえるか聞こえないかほどの、かすか
     な声で。
    涙せし=「涙ぐむ」ではない。ほんとうに涙を流し
     た意。

 

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。26歳。
    盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事するために
    上京。

 

出典・・歌集「一握の砂」。