673.人生の マラソンみんな ゴールある ルール無視なら 一方通行

 

 マラソンと聞いて筆者が思い出すのは2つ。

 最初は1964年の東京五輪で優勝🏅したエチオピアのビキラ・アベベ。彼は60年のローマ五輪でも優勝したが、その時は裸足👣で走ったと言われて絶句。

 次はQちゃんスマイルが有名になった高橋尚子。2000年のシドニー五輪のマラソンで優勝🏅した。記憶にあるのは、レース終盤で彼女が掛けていたサングラス👓を投げたことと、優勝後のインタビューで「すごく楽しい、42キロでした」と語ったこと。清々しさが溢れ出ていた。

 何故マラソンに触れるのか。それは産経新聞が『学ぼう産経新聞』で有森裕子を取り上げたからである1。それで脳裏を掠めたのが1996年のアトランタ五輪。彼女が獲得した銅メダル🥉は92年のバルセロナ五輪の銀メダル🥈に続くもの。

 レース後に有森は、「自分で自分を褒めたい」と語ったが、一部の新聞は、「自分で自分を褒めてあげたい」と述べたと報道した。その後彼女の言葉は後者として定着した。考えてみると、前者では自分が有森自身と同格になるが、後者では自分が有森自身より格下になる。

 高校生の頃、有森は陸上競技で自分の名前が「1位」として新聞に載ることに憧れていた。小さな記録会で優勝し、その夢が実現した。彼女は新聞の切り抜きを練習日誌に貼り、自分を鼓舞させた。自分の名前が新聞に出るのは「とんでもないこと」だと思っていたからだ。

 さて、最近の新聞社会面にとんでもない両親が写真付きで登場した。4歳の次女👧を薬物死させたとされる細谷健一・志保容疑者である。

 健一容疑者の母は2018年1月に他界し、姉は同年4月に急死、父は同年6月に死去。彼は立派なマンションとホテル🏨を所有しているが、これらは彼が父から相続したもの。母、姉、父の順で亡くなれば、彼以外に相続人はいない。

 この事件はとんでもなく悪い事例である。細谷夫婦は43歳と37歳になるまで何も学ばず、これからは一方通行の道を下るだけ。長男と長女はどこでどう自分を褒めるのだろうか。

 

[出典1 2024年2月17日付け産経新聞『学ぼう産経新聞』「小さな切り抜き お守りに」]