648. 何見ても 心の声が 錯綜す 拘(こだわ)る過去の うねり大なり

 

 妙な映画を観た。又候(またぞろ)開始後15分を過ぎてからである。

 主人公の桃子(田中裕子)は75歳。夫に先立たれ、独り暮らしをしている。もう独立している息子👱と娘👩がいる。筆者の見たところ、家🏡は敷地が200坪で建坪は2階建てで50坪ほどか。広い家に住みながらも狭い茶の間での場面が繰り返し出て来る。

 「妙な」とは筆者の最初の感想で、桃子の心の声を象徴する〝寂しさ″が3人の男になって登場するからだ。彼ら(濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎)は桃子と対話する🗣。

 その映画とは『おらおらでひとりでいぐも』(2020年)。1964年、桃子は結婚式用の花嫁衣裳👰を試着するが、3日後に迫った式をすっぽかして上京する。その若い頃を演じるのが蒼井優。全編を流れる岩手弁が桃子の個性を裏打ちする。

 田中裕子は連続テレビ📺小説『おしん』で主役を演じてブレイクした。老けた桃子を見ながら、彼女の雰囲気が「誰かに似ているな」と思った。歌手の由紀さおりだ。『夜明けのスキャット』の透き通るようなソプラノ🎶が脳裏に蘇る。映画の中で桃子は2曲🎤歌ったが、監督の意図なのだろう、だみ声が独り暮らしの憂さを醸(かも)し出していた。

 夫の死後、桃子は述懐する。「思い通りに生きたかった」と。どういう意味か。彼女が単身上京したのは旧弊に囚われた田舎生活が嫌だったからだ。ところが過去55年間を振り返り、としての暮らしが自由でなかったことに気付く。だから自分らしい生活をしようと決心するが、それは夫の死を受け入れるための足掻きだった。

 さて、映画は筆者にも独り暮らしを考えさせた。今は妻と暮らしているが、いずれどちらかがそうなる。桃子は、「自分が一番輝いていたのは何時だったのか」と亡き夫に問う。

 由紀さおりの『手紙』は恋人💘同士だった2人の別れの場面で、

 

明日の私を 気づかうことより あなたの未来を 見つめてほしいの」

 

と歌う。独り暮らしになるなら、涙😢を乾かし、

 

 「昔の私を 振りかえりつつも 私の明日を 追い掛けて行こう」

 

と歌おうではないか。