627.西を向く 観音像は 何を見る 野心の渦か 泪の河か

 

 世の中には知らなくてもいいことが沢山ある。ネット📱社会を生き抜くなら情報取捨選択が必須。時間無駄にするからである。

 一方、例え知ったとしても殆どの人が歯牙にも掛けない事柄もある。

 静岡県熱海市伊豆山の中腹に高さ約3mの観音像が建っている。名前は「興亜観音」。材料は日本と中国の土。理念は「怨親平等」。日中戦争勃発(1937年)で上海派遣軍司令官を務めた松井石根・元陸軍大将(1938年退役)が私財💴を投じて1940年に建立した。日中両軍・両国民の戦死者を敵味方分け隔てなく慰霊するためだった。故に観音像は西を向いている1

 松井は連合国軍による東京裁判で処刑された東条英機元首相ら7人のうちの1人で、「南京大虐殺」の罪を問われた(本人は一部兵士による軍律違反の報告を受けているが、大虐殺については終戦後まで聞いていない2)。刑の執行は1948年12月23日。連合国が意図的に皇太子殿下(現上皇陛下)の誕生日に実施した。

 1959年、観音像の近くに上記「七士之碑」が建立された。1971年、過激派がこの碑を爆破した。彼らは観音像にも爆弾💣を仕掛けたが、導火線の火が途中で消えたので無事だった。

 初代住職が守った観音像は娘の妙浄尼に引き継がれたが、彼女は2023年7月に逝去。現在は建立当初からの支援組織が管理している。

 さて、読者はこの像をどう捉えるだろうか。戦争の爪跡という歴史の一面に過ぎず、悔悟の念を形で表しただけという解釈もできる。

 観音像建立から83年。世界の現実はその像に願い🌠を託すだけでは足りない。

 尚、当時の軍部が松井を親中派として遠ざけようとしていたことは現在忘れられている2。彼の辞世の1つ:「世の人に のこさばやと思ふ 言の葉は 自他平等に誠の心」。

 

[出典1 2023年12月24日付け産経新聞『論説委員 日曜に書く』興亜観音の慈愛を世界に 川瀬弘至]

[出典2  https://ja.wikipedia.org › wiki ›

松井石根Wikipedia(参照 2023-12-26)]