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ふたしかなるにちにち

日々の出来事を記す、私小説的散文「あたし文体」


ふたしかなるにちにち

 あたしには、夫婦ともに古い付き合いの友人がいる。
 ウエダ夫妻(仮名)というのだが、漢字で書くと上田夫妻だが、彼らはいまだに独り身のあたしに彼ら二人の愛について、あたしの事情お構いなしに語り始めるというたいへん迷惑な癖を持っている。いや、癖というにはあまりにも激しい、いうなれば性癖、癖のレベルをはるかに超えたあたしへのフェティシズムだ。
 彼らに言わせれば、「あたしを心配している」ということになるらしいのだが、それは大きな間違いだ。彼らは彼らのペースで、あたしにそのフェティッシュの牙を剥く。
 もっとも昔はそうでもなかった。ウエダ(夫)とはそこそこの付き合いで、学生時代などは時々二人で飲みにいったものだ。当時ウエダ(妻)のコトも知ってはいたが、彼女とはそうでもなかった。
 とにかく、そこそこ仲の良かったあたしとウエダ(夫)は、そこそこの付き合いで時々飲みに行く仲だったのだが、ある日ヤツの部屋に招待されたあたしが見たモノは六畳の部屋には不釣り合いなほどの頑丈な本棚やらちゃぶ台で、なんでも当時のヤツ曰く、
「街角に放ってあったので可哀想に思って連れてきた」
 だそうなのだ。要は寒さに震える猫を拾い上げて飼い猫にするが如く、本棚やらちゃぶ台やらを連れて帰ってきたのだろうが、なんともたくましいオトコではないか。
 世界の半分が死んでも、こいつは生き残る方に入るだろうなと思ったのを今でも良く憶えている。
 ところで話は変わるが、先日ウエダ(妻)に呼び出された。なんでも酒を奢ってやるのでグチに付き合えとのコト。まあまあ知らぬ仲ではないし、何よりそこそこ付き合いの長くなった友人の奥様である。無下に断るわけにも行くまいと思い、ひょこひょこと出ていったのだが。
 着いた先の飲み屋では、すでに出来上がった彼女が待ちかまえていた。前後不覚には陥ってないまでも左右の区別は明らかに付かなくなってるご様子で、うなり声をあげながらあたしの方を見てるではないか。
 まさにただごとではない。のっぴきならない状況というのはこういうコトを言うのだろうなと思ってしまう。しかし、よくよく伺ってみれば「ダンナと久しぶりに飲みに行く約束をしたら姑に何事か言われ、挙げ句ダンナは仕事が終わらずに遅れている」とのこと。
 なんだか可哀想な話だ。
 しばらく付き合ってやってもいいかな?。なんて思ってしまう。
 しかし、そんな甘い顔を見せたが最後、彼女は怒濤の如く日々をグチり始めた。しかも時折ジャブのように二人の愛についてを織り交ぜる。
 ビールを飲んでグチを言ってツマミを食べる。
 グチを言ってビールを飲んで、
 ビールを飲んでグチを言う。
 ツマミを忘れてグチとビールを繰り返す彼女はなんだかグチ専門の放送局みたいだったが、そんな風に彼女を見ていたら、ふとこんなコトを言ったのだ。
「結婚したらさー、ヨシユキが途端にオヤジになったのよー。なんかさぁ、ドキドキとかあんまりしなくなっちゃったー」
 ドキリとした。
 ドキドキではなくて。
 彼女が口走ったコトなので仕方なく明かすが、ウエダ(夫)はウエダヨシユキ(あくまでも仮名)という。そのヨシユキがオヤジになっちゃって、ドキドキも少なくなっちゃったということなのだ。
 そういえば、他の奥様方も口々に同じ様なことを言っていたような覚えもあるし、改めて言われると、どうもイロイロ思い当たっちゃうのだ。
 イロイロ考えさせられる。ドキリドキリとして、話半分でそんなことを考えてしまう。そうしていたら、ようやっとウワサのオヤジヨシユキが現れた。
 スーツにビジネスカバンといういかにもな出で立ち。始終ラフな服装のあたしと違い、彼は世の中にうまく適応したカンジ。たまに休日に会うヨシユキとはまるで別人で、なんだか気後れしてしまうほどオヤジヨシユキは社会人だった。
 しかし、あたしはそんなヤツに向かってザマーミロとばかりに言ってやった。あたしよりも先に青春を終えたようなオヤジヨシユキにドキドキの話をしてやったのだ。
 でもヤツはこともなげに言った。
「ドキドキなんて探せばどこにだってあるぞ」
 なんて言ったのだ。
「道端にだって落ちてる」
 だなんて。
 酔ってもいないのに。あたしのザマーミロは宙ぶらりんのままで、オヤジヨシユキはなんだか少しカッコイイ。ドキドキは道端にだって落ちてるだなんて、そんなこと。
 ウエダ(妻)は、そんなヤツを黙って見ていた。ドキドキを拾うと宣言してるウエダヨシユキをジッと見ていた。しかし程なく、ダンナであるところの、最近オヤジになったウエダヨシユキに向かってモゴモゴと言ったのだった。

 ウエダ夫妻を見送った後、あたしは一人で夜の商店街を歩いて帰った。
 いつも通りの薄ぼんやりとした商店街は、いつも通り薄ぼんやりとしたモノで溢れていたが、どこを探してもドキドキなんて落ちてない。オヤジヨシユキには見えてもあたしには見えないドキドキ。でもウエダ(妻)も言っていた。
「道端に落ちてるのなんて拾わないでよ」
 そうなのだ。道端に落ちてるのじゃなくて。
 できれば誰かをドキドキさせて、できれば誰かにドキドキさせられたい。
 彼女もそう言ったに違いないのだ。

 
ふたしかなるにちにち


新宿駅西口には献血センターがある。
 いつも血が不足していているようで、おじさんが必死で「献血お願いしまーすッ」と叫んでいる。昨今特にO型が不足気味らしいが、あたしはO型じゃないので別に関係ないやーと、そう思っていた。つい先日までは。

 しかし、本日献血センターの前を通るとなぜか引き寄せられるように入っていってしまった。多少頭がフラフラしてはいたが、足の運びに迷いは感じられない。
 献血センターのドアをくぐって、列に並び、受付のおねいさんに声をかけられ、なぜか自分が献血に来てしまったこと知ったという感も、多分に否めないが、意識朦朧としていたわけでもないのだ。たぶん。

 もっともそんな白昼の神の導き的一連の行動。ホントはただ眠かったからかもしれない。或いは1時間ほど前に悪玉コレステロールを濃縮したようなメタボリッカーと打ち合わせをしたからかもしれないし、それを見てこうはなりたくないぁと思ったからかもしれないし、もしくはそんなこと思っちゃった自分に対する贖罪的な意味合いがあったのかもしれない。
 実に不確定なかもしれないばかりで申し訳ないのだが、本当にそうなのかもしれないし、果ては、神様に選ばれたのかもしれない?とか、世界を救わなくちゃならない使命ができちゃったのかもしれない?なんてコトも考えられる。いや、考えた。
 自分の血液を提供することによって救える命もあるんです!

 そして、気が付けば右腕にチクリとする感覚。目の前の注射器にどちらかと言えば赤紫に近い赤がニュルニュルと吸い込まれていって「今まさに血が抜かれている!」と認識した次第。
 ココにてやっと自分が新宿駅西口献血センターに於いて献血前の血液検査をしていて、なにやら献血をするハメに陥ったという現実と、自分こそ救える命、ひいては地球を救う正義マンであるという現実が合致したのだ。

 なので、あたしとしてはヒーロー様であるこの一瞬を満喫すべく、血液検査の結果が出るまで、待合い用のソファーでたいへんふんぞり返り、ビスケットなどボリボリとやらかしながら、コーヒーを飲んだりしてみた。
 周りを見渡せばあたし以外にも数人のヒーロー様が思い思いに世界を救う順番を待っている。意外とワカモノが多いのに驚いたりしたが、確かに老人ヒーローではコレが最期の仕事になりかねない。

 中にはカップルで世界を救いに来ているヒーロー様もおいでで、彼らは愛の共同作業的感覚に包まれているのか妙に仲睦まじい。でも「献血後の激しい運動は是非避けねばならない」という説明をちゃんと聞いていたのだろうかとちょっと心配になった。

 そんな新宿駅西口献血センター昼下がり曇り空。
 とうとうあたしの順番が回ってきた。世界を救うこの時をどれだけ待ったことか。ビスケットもずいぶん食べ散らかした。コーヒーももう十分だ。係員の呼びかけでイスに座り

「さあ、好きなだけ採っていただきたい!」

そんな心意気で左腕を差し出す。
 しかし、彼女の口から出た言葉といえば

「ちょっと肝臓の具合がおよろしくないようですので、本日はこのままお帰りください」

というものだ。
 このヒーロー様に向かってである。このまま帰れというのである。

「なにおぅ!」

 あたしのココロが叫びをあげる。ぎゅっと握った拳が軋みをあげて、状況を理解できない脳ミソがケムリを上げた。

「えー、なんでですか?」

 詳しい説明をモトム!
 全身でそう表現したつもりだったのだが、見た目表情がわずかに変わっただけだったのかもしれない。目の前の係員はバカみたいにさっき言った言葉を繰り返した。

「肝臓がおよろしくないようですので…」

 なんでか!?いやさ、なんでですか!?
 まるで腑に落ちない。まったく理解できない。全然わかんない!
 肝臓がおよろしくないと血を採ってはいけないのだろうか?かく言うあたしも目の前の係員に負けず劣らずバカなので、肝臓がおよろしくないと血を採ってはいけないがイコールで結びつかない。

 なので、よくよく説明をお伺いしたところ、血液の中の「なんとか値」がスゲェ高くて「この値が高い=肝臓になんか問題がある」とのこと。つまり「肝臓に問題のあるオマエからは血が採れない!」となり、最終的には、

「肝臓がおよろしくないオマエなんかヒーローになれない!!」

と言うこと。
 なんとも殺生な話ではないか。こっちとしてはもう救う気満々なのに、救える命もあるんです的ヒーロー気取りなのに、ヒーローを必要としている連中から拒否されたのだ。

「キミはヒーローじゃないから……」

と言われたのだ。
 あまりのショックに「なんとか値」の高すぎる肝臓を心配するのも忘れるほどだ。大体「なんとか値」とかいってる時点でもういろいろダメだ。

 残念といわざるを得ない。あたしはヒーローになれない。
 しかし、ヒーローとは必要とされてはじめて存在できるもの。必要とされないヒーローなんて、真冬の扇風機並みに使い道がない。仕方ないのだ。
 あたしは力一杯肩口まで捲り上げたシャツの袖を下ろすと、すごすごと新宿駅西口献血センターをあとにした。

「油モノとか控えてくださいね」

 去り際に言われた係員の言葉が頭をよぎるが、あたしはヒーローになり損ねたオチコボレなのだ。
 そういうのとかもうどうでもいい。

 肩を落として地下のショッピングモールから地上に出る。そしてふと空を見上げると再びの曇り空。
 気晴らしに近くのケンタッキーに入ってフライドチキンを食べた。相変わらずギトギトしていて美味しい。ヒーローじゃないので油モノも平気だ。
 係員からは「夏くらいにまた来てください」的なことをやんわりと言われたが「もう二度と来るか!」と思ったのは言うまでもない。

 ヒーローになれなかったあたしは、これから「悪の怪人メタボリッカー」として生きていこう。
 献血反対!油モノ大賛成!コレステロールバンザイだ!


サクライのブログ

 先日、水道局の人がきた。
 水道料金を納めてください。との用件だったのだ。そう言われてみてここ数ヶ月水道代引き落とし用の口座に入金するのを忘れていたことに思い当たった。
 もっともこの日も相変わらずの徹夜。これから寝ようという時分だったので「眠いので後で来い」と丁寧に申し上げようとしたのだが、せっかくご足労いただいたのに手ぶらで返しては申し訳ない。
 ジーパンの尻ポケットに入った財布の中身を思い出しながら「いくらですか?」と聞いてみた。

 しかし、水道局の人はそんなあたしの考えなどどこ吹く風で、請求書を差しだし、
「期日までにお願いします」
と言う。
 あたしは、払える額なら今この場で払ってしまいたいなぁと考えつつ、その紙切れを受け取ったのだが。そこに書いてある金額を見てあたしは腰が抜けるかと思った。

 なにしろたかだか二ヶ月分の水道代なのに二万円近いのだ。
 
「なんだこりゃ?うちは豆腐屋か?」

 思わず頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出る。どんなに使ったって社会人一人暮らしが2ヶ月で2万円も水道を使うワケがないだろう。
 しかし、目の前の水道局員は、

「結構使いましたねー」

なんて笑っていやがるのだから事態は深刻だ。
 なにしろ笑ってる水道局員の顔は「だって二万円って書いてあるんだモンしょうがないじゃん」と言外に言っている。もしかしたら「キミんち、実は豆腐屋かもネ?」とも思ってるかもしれない。

 しかし、残念ながら我が家は豆腐屋ができるほど広くない。それ以上にごくごく一般的なアパートだ。豆腐屋なワケがない。水道局員はなにを考えているのか。もしくは水道局は何を考えているのか。
 
「それじゃ、支払いよろしくお願いします」

 水道局員は、捨て台詞ばかりにそんなこと言って帰ろうとするので、もはやあたしの脳はパニックである。
 どうしたものか。どうしたものか。必死に考えを巡らすが有効的な解決手段は思いつかない。全く何をどうしたら二ヶ月で二万円弱も水道を使うのか。ここでこの水道局員を帰してはいけない。これは何かの間違いだ。どうしたものか。いやさどうにかして。最終的に思いついたものと言えば目の前の水道局員をどうにかするというあまり友好的でない手段だ。

 しかも、幸か不幸か手に届く場所にはなぜか「棒のようなもの」が置いてある。玄関先の謎の棒。そいつを振り下ろせば、見事人生を棒に振れる。しかし、たかだか二万円でその結末はまっぴらごめんだ。再び、どうしたものかと考えを巡らせ過去の記憶を辿ったところ、数ヶ月前にあった別の水道局員からの申告を思い出した。

 それは我が家の水道には漏水のおそれがあるというと言うものだった。藁にもすがる思いで、そのことを目の前に立つ半笑いの水道局員に話したところ、

「では、調べてみます」

とだけ言って立ち去った。
 後から水道局に確認したところ、漏水の場合は料金が減算されるコトもあるそうで、しかも数ヶ月前に漏水のおそれがあったことは確かだとのこと。見事減算されるか否かは今後の調査次第とのことだが、次に水道局員が来るまでには、玄関先に「なぜか」置いてある「棒のようなもの」をどこかあたしの目に付かないところへしまわなければと、そう心に固く誓った。