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ふたしかなるにちにち

日々の出来事を記す、私小説的散文「あたし文体」


ふたしかなるにちにち

 朝。
 タバコを吸おうと喫煙室にいったら水浸しになっていた。
 天井も窓も壊れてはいなかったが、雨でも降ったのだろうということにして一服した。水浸しのフロアマットを踏む度にビチャビチャと音がしたが雨が降れば水溜りもできるだろう。そう考えひとり納得し窓から外を眺めると、目に入った曇天が今にも雨を降らそうとしていた。

 昼。
 昼食は近くのファミレスで簡単に済ませた。手軽な値段だけあって味も手軽だ。運ばれてきたハンバーグにデミグラスソースをたっぷりかけ口に含むと、甘い味が口腔内に広がった。ふと数日前に考案したダイエットプランが一切守られてないことを思い出したが、テーブルの端に置かれたレシートに目が行き、残りを無言で口に放り込んだ。最後に残った目玉焼きを潰したら、冷めたプレートの上に黄身が広がっていった。

 食後。
 喫煙室に戻ると床一面に新聞紙が敷いてあった。
 ずいぶんと水を吸っているようなので、明日には適当に乾いているだろう。窓際に腰掛け階下の建物を眺める。タバコの煙を燻らせて、食事時に思い出したダイエットプランについて考えた。
 食欲も性欲も睡眠欲も三大欲求といわれるものは思いのほか金を食う。時間単位で考えるなら睡眠が最もひどい。それらに振り回されず生活できないものか。食事も睡眠も必要のない身体に進化できないものか。そして欲求というものを排除できないだろうかと考えた。しかし咽頭から肺に渡るニコチンに至福を感じてしまってる今、それらの思考はまるで身の丈にあっていない。

 タバコの吸殻を灰皿に捨て、喫煙室を後にした。
 トイレに入ると個室の上が煙っていた。次から次に個室から天井に湧き上がる紫煙は、さながらそこに留まる雨雲のようだ。個室のドアの前に立ちしばらくその雲を見ていたが、当然ながら雨を降らすことはなかった。八つ当たり気味に軽く個室のドアを蹴ると、中から「ひゃーッ」という声がした。天井の雨雲は散り散りになり、何度も水を流す音が聞こえた。
 
 喫煙室に戻ると、床にきれいに敷かれたあった新聞紙が様々な位置に散っていた。交換用に置いてあった新聞紙を取り上げ、あいた場所に敷いていく。まだ水気を含んだフロアマットにはらりと落ちた新聞紙が徐々に水分を吸っていく様は、喫煙所に出来た水溜りが消えるのにもうそれほど時間がかからないだろうことを予感させた。ふと外を見るとねずみ色の雲間から青空がのぞいていた。これからきっと晴れるだろう。
 身内に病人がいる。愛しのマイグランパだ。実家の方の病院に入院してるのだが、まあ、年が年だけに仕方がない。あたしが生まれたての頃など、バイクの荷カゴにあたしを詰めて、そりゃー、イロイロとドライブに連れていっていただいたモノだ。老年入り口の頃の彼は、カクシャクとしてて紫煙と黒い噂の絶えないイカしたジジイだったが、寄る年波には勝てずとうとう入院の憂き目、ベッドの上で余生を消費する身となった。
 もっともただただベッドの上で寝ているワケではなく、看護婦を怒鳴りつけたり、聞こえないフリをしたり、自ら点滴を外したりと、いつ何時医療ミスを犯されても文句が言えないようなその入院態度は、さすがマイグランパ!と孫として感慨も一塩だ。正味の話、本当に病気なのだろうかと疑いすら沸いてくる。
 しかし、担当医の言葉を借りるなら「自然に任せるか機械に頼るかの選択をする時期」に差し掛かっているのだから、退っ引きならない状態なのは間違いないだろう。
 ちなみに、本日もそんなグランパの見舞いに行って来たのだが、本日はお茶が熱いことでご立腹なされていて、あたしより年下に見える看護婦さんはタイヘン辟易していた。
「こんな熱いお茶が飲めるかー!」
まるで雷のような一言で、見ず知らずのお嬢さんを威嚇する様はまさに在りし日のグランパを彷彿とさせる。しかし、熱かろうが冷たかろうがお茶に限らずほとんどの食べ物を受け付けない彼にとって、その一言はつまりはままならない自分への苛立ちというか、そういう意味ではハラが減ったので泣く赤子のようなモノだが、ただ赤子と違って意識はしっかりしていて、今まで普通だったモノを突然取り上げられたようなモノなのだろうから、その苛立ちは、想像こそすれ、理解は難しい。
 ところで、本日のグランパの昼食はアイス5口というものだった。粗食にも程があろうというものだが、「食べたくない!」と言い、頑としてきかないので仕方がない。コレでそのアイスがハーゲンダッツでなければ、あたしも無力感や悲壮感やら寂寥感やらそういった類の感慨を相当に抱きつつ看護に当たれるのだが、冷凍庫の中に整然と並ぶハーゲンダッツバニラには、羨ましさこそあれ、やるせなさは感じられない。誠に遺憾ではあるのだが。
 打ち明けるなら、そんなハーゲンダッツバニラ群、一つくらい頂いてもわからないだろうと思うのだが、以前バニラが売り切れだった折り、リッチミルクを差し出したら、蓋を開けるなりその違いを見分け、
「オレはバニラ以外食わねー」
と大宣言をなさったので、きっと寝ている時ですらバニラの匂いはかぎ分けるだろう。なまじ一日ベッドにいるものだからその目覚めの早さと言ったらあたしの理解の範疇を越える。そんなわけなのであたしは冷凍庫の中に整然と並ぶハーゲンダッツ達を触れるマボロシ程度に思うようにしている。
 我がグランパにしか食せないマボロシのハーゲンダッツ。父親とあたしの区別は付かなくても、バニラとリッチミルクの違いを嗅ぎ分ける愛しのマイグランパ。ハーゲンダッツバニラで動く機械みたいだが、そんなになってもやはり生きていてほしいと、切にそう感じるのだ。



※これは2002年5月19日に書かれたものです。
 まったく引越しなんて決めるんじゃなかった。
 あたしは引越しのたびにそう思い、引越しが終わるたびに「ああ、本当に引っ越してよかった」そう思う。
 人生初の火災から6年目の初春、人生何度目かの引越しをあたしは行おうとしていた。相棒は同棲相手の愛しのハニー。荷物はほとんどあたしのもの。パソコン、モニター1、モニター2、マンガ、CD、その他モロモロモロモロ…。なんとも6年という期間はあたしの身体に脂肪をつけただけでなく、物など何もなかった部屋をここまで肥えさせるものかと感慨もひとしおだ。見ただけでやる気がうせる。
 しかし、住処の契約期限はギリギリにせまっている。ついでに引越し業者が来る日も目前だ。やらなければならないやらなければならない。そんな状況の中、今回の引越しはスタートした。
 まずはマンガの箱詰め。続いてマンガの箱詰め。更にマンガを箱につめ、生活に関係ないと思われるものからどんどん梱包して行く引越しの5日前。部屋中のものの7割方箱詰め終了時点で一息。なんと余裕のペースじゃないか。我ながら自分の女を見る目に感心してしまう。何しろ梱包作業でがんばっていたのは、愛しのハニーなのだから。あたしはというと「ねーこれどこいれる?ねーこっちはなにいれたの?ねー?ねー?ねー?」である。全く使えない。ダメな男の典型と化していた。
 そして、徐々に続く引越しの日。片付けられていく部屋。積みあがるダンボール。使える彼女と使えない彼氏。8割方引越し作業が終了したところで、今回のメインイベントが訪れた。それは助っ人募集。しかもインターネットを使っての。引越し前日にだ! この当たりからあたしの記憶はあやふやになるのだが、それは後述するとして、二人じゃ荷物の積み込み時の人手が足りないということで前述したとおりインターネッツを使って引越しの助っ人を募集した。方法は簡単。ミナサンご存知のニコニコ動画のサービスの一つニコニコ生放送を用いて、ストリーミング放送を行い、リスナーから助っ人を募ろうというのだ。なんともイベンタフルな企画じゃないか。文筆にて何かを表現するものとして、こんなに胸踊る企画はない。助っ人が来れば引越しは成功、来なければ引越しは失敗に終わるのだ。もっとも引越しは成功とか失敗で語るものではないような気もするのだが。
 果たして助っ人は訪れた。ニコニコ生放送大勝利である。現れた助っ人は残り2割の梱包を速やかに行い、荷物の積み込み運び出しまでやってのけた。すごい!かっこいい!すばらしい!
 おかげさまで引越しは無事終了し、今は新居でその顛末をゆっくり書けるような環境も整った。
 ただ一つの問題を除いては。ちなみにその問題とは、引越し前日、徹夜で梱包作業をしなければならないあたしが眠りこけ、愛しのマイハニーが助っ人を募集し、助っ人とハニーで残りの梱包が行われたということだ。朝がた寝ぼけた頭で積み込み運び出しをやったのさえ記憶があやふやという体たらく。
 荷物は無事に運び終えたが、記憶を旧居に忘れてきてしまったのではないだろうか。なお蛇足になるが、あたしの彼氏としての尊厳も引越しと同時に旧居に忘れてきたようである。