本日(8月30日)は、イギリス・ロンドンで有識者などとの協議を行いました。

 

 午前は、スタートアップ企業を支援する「レベル39」という会社を訪問。「レベル39」はカナリー・ワーフ(Canary Wharf)地区の再開発などを手掛けた不動産会社の子会社で、テナントの業種の多様化のためにスタートアップ支援を始めたとのこと。カナリー・ワーフの一部にスタートアップ企業が入居して集う場を設けたとのこと。

 日本でも起業家支援の必要性は言われていますし、実施もされていますが、必ずしもサクセスフルではありません。そこで、「レベル39」にスタートアップ支援の秘訣をヒアリングしました。

 不動産業者がスタートアップ支援というのは日本では聞いたことがありませんでした。スタートアップ企業は急速に成長することがあるので、適切なサイズのテナントを適切なタイミングで提供すること。資金ニーズに対しては金融機関に繋げる、スタートアップ企業同士でビジネスの可能性を議論する場、すなわち情報交換の場を設けることなどが成功の秘訣でした。日本でもこうしたアイディアを実現できるかどうか、可能性を探ります。

 

 

 

 午後は、野村インターナショナル(野村ホールディングスの国際部門)のロンドン本社を訪問して、イギリスと欧州の経済情勢および日本経済との比較分析について協議しました。

 また、シンクタンクのResolutionを訪問してイギリス経済の状況を協議しました。

 そして、日本の3メガ銀行のロンドン支店長と欧州経済の動向と日本経済の今後について協議しました。

 議論のポイントは以下の通りです。

 

・イギリス経済は、イギリスのEU離脱(いわゆるBrexit)、コロナ禍による供給制約、ロシアのウクライナ侵略によるエネルギー・食料危機が相互に影響して厳しい状況になっている。コロナ禍とロシア問題は世界共通であるが、EU離脱はイギリスだけの問題。

・EU離脱によって、イギリスはEUとの貿易に余計な手間とコストがかかるようになった。EU域内からの労働者(特に東欧諸国)が帰国したことによって人手不足が深刻であり、賃金上昇の大きな要因になっている。賃金上昇が高いインフレを引き起こしている。

・イギリスの物価高は、アメリカやEU諸国よりも高く、イングランド銀行(BoE:Bank of Englandイギリスの中央銀行)はインフレ抑制のために政策金利を引き上げている。9月に0.25%に追加利上げを行うのは確実で、11月にも0.25%の引上げを行う可能性がある。現在は5.25%なので、0.25%×2回ならば、5.75%になる。

・イギリスは、最低賃金を引き上げている。1998年に最低賃金制度がスタート。当初は、最低賃金を無理矢理引き上げれば失業者が増えることが懸念されたが、実際にはそうした悪影響は起きなかった。2017年に制度改正が行われ、賃金統計の中央値の2/3を最低賃金とすることになった。最低賃金でも最低限の暮らしが成り立つようにするというLiving wageという考え方による。失業率が跳ね上がるなどの問題がない限り、このルールが適用される。最低賃金の引き上げについて、中小企業からの批判などは大きな声にはなっていない。政府が中小企業に対して補助を行っていない。

・イギリスの場合には、労働生産性は向上していない(EU、アメリカ、日本よりも低い)のに、賃金上昇率は一番高くなっているが、これは持続的ではない。イギリスの生産性が向上していないのは、政府投資と民間投資の両方が不足しているから。賃金上昇に対応するために企業などが生産性向上の取り組みを進めるようになるか、景気が後退するかのどちらかになる。

・イギリスにおいて、付加価値税VATの税率変更をイギリス国民はあまり気にしていない。軽減税率(=税率ゼロ)の対象品目が多いこと、内税で本体価格とVATの内訳があまり目につかない仕組みになっていることが考えられる。

・金融セクターにおけるイギリスのEU離脱による悪影響は、当初予想されたほどにはなかった。大手金融機関は欧州拠点をロンドンにおいていたが、EU離脱のためにアムステルダム、フランクフルト、パリに機能拠点したものの、ロンドンにも多くの機能は残っている。英語が使えること、オックスフォード大学・ケンブリッジ大学で排出される人材、住む街として楽しみがある(フランクフルトは退屈)など利点があるから。

・日本においてトラス・ショックのようなことが起こる可能性は低い。イギリス国債(Gilt債)は海外投資家の保有割合が3割で売り逃げられるとトラス・ショックのようなことになる。日本国債の海外投資家の保有割は1割にも満たないことから、海外投資家の売り逃げのようなことは起こる余地が小さい。

・日本の政策金利が引き上げられれば、日本銀行は保有国債の評価損により実質的に債務超過に陥る(日銀は保有国債について簿価評価なので形式的には債務超過ではない)が、投資家は実質債務超過をあまり気にしない。それよりも、日本でインフレが続いているのに異次元の金融緩和を継続することに対する疑問は出てくる。

・日本の利上げについて、日本銀行は来年(2024年)の春闘をみて判断するのではないか。つまり、賃上げと物価上昇の好循環が起きていることを確認してからになるのではないか。

・日本国債の格付けは現在シングルAだが、これ以上引き下げられると(トリプルBに落ちると)、日本の銀行の国際業務はできなくなる。米ドルの調達に現時点でも100bpの金利を追加的に支払っている。世間ではあまり騒がれていないが、これはかつてのジャパン・プレミアムよりも大きい。日本企業の格付けは母国の国債の一つ下になるのが一般的だが、日本国債がトリプルBになると日本の銀行は米ドルを調達できなくなる。プレミアムを支払っても量を確保できなくなる。

・ヨーロッパでは、金融機関についてもDEI(diversity, equality, inclusion)が求められており、金融規制当局からチェックが入る。

・中国の不動産バブルが世界経済に与える影響について、直接的には中国国内問題に留まる。中国の不動産に投資している海外投資家は少ない。ただし、中国経済が停滞することによって、中国との貿易が停滞し、それが世界経済に影響を与えることはありえる。