アメリカ時間の2月28日にアメリカとイスラエルがイランを攻撃しました。トランプ米大統領は「イランの核兵器取得を阻止する」と主張していることから、イランの核兵器開発を阻止することが目的と考えられます。イラン情勢については、新たな状況が発生しているので、現時点で論評はしませんが、今回の攻撃の日本にとって教訓にすべき事項について考えます。

 

 まず、アメリカとイスラエルがイランを攻撃した理由は、イランによる核兵器の開発です。この開発がどの程度、進んでいるのかについて証拠が示されているわけではなさそうなので、真偽の程は不明です。

 ちなみに、2003年にアメリカがイラクを攻撃したときには、イラクが大量破壊兵器を開発しているというのが理由として主張されました。が、戦争が終わってみれば、大量破壊兵器は開発されていませんでした。

 

 さて、日本において、日本が核兵器を保有すべきと主張する国会議員がいます。ですが、イランが今回、攻撃を受けた理由は核兵器を保有しようとしたことです。日本が核兵器を保有しようとすれば、同様に、攻撃を受けることになるのでしょうか。理屈の上では、どの国が日本の核兵器保有を軍事力でもって阻止しようとするかは申し上げませんが、日本を攻撃する理由にはなるでしょう。

 もっとも、日本は攻撃を受ける以前に、日本が核兵器の保有を検討した段階でアメリカから「あかん!」と一喝されて、核兵器保有の野望は一瞬にして終わるように思います。

 日本はアメリカの同盟国だから、アメリカが日本の核兵器保有を容認してくれる、というオメデタイというかお花畑のような考えがあるようですが、それはありえません。アメリカにとって、核兵器の寡占こそがパワーの源泉であるのだから、日本が核兵器を保有するなんてもっての他です。さらに、日本の核兵器保有を認めれば、ドミノ倒しのように核兵器を保有しようとする国がドンドン出てくるでしょう。パンドラの箱を開けることになってしまいます。だから、アメリカが日本の核兵器保有を認めることはありません。

 

 日本は特別扱いと思いたいかもしれませんが、世界はそんなに甘くはありません。自己を客観化しつつ現実を冷徹に見定めるべきです。

 本日(3月1日)は、地元の伊丹市で陸上自衛隊中部方面隊創隊65周年記念行事が開催されましたので、記念式典と祝賀会に出席しました。









 現職の国会議員ではなくなったので、紹介はなく挨拶もありませんでしたが、国民を守るためにご精励いただいていることに感謝を申し上げてまいりました。

 ちょうど4年前、ロシアが突如としてウクライナへの侵略を開始しました。あれから4年が経過しました。北大西洋条約機構(NATO)では、NATO加盟国のウクライナの連帯を確認するセレモニーが行われました。

 

 大国ロシアの侵略に対してウクライナはよく耐え、持ちこたえています。ですが、無辜の市民が毎日、殺されてしまっています。ウクライナの平和と如何にして回復するか、それはすなわち大国ロシアの企みを阻止することでもありますが、軍事的には解決できていない以上、外交によって決着させるしかありません。

 日本にできることは多くはないでしょうが、それでもウクライナの平和のため、ひいては世界平和の実現のため、国会の外から日本の貢献を期待しています。

 本日(2月22日)、立憲民主党兵庫県連の定期大会が開催されました。衆院選の投票日から2週間後という慌ただしいタイミングではありますが、昨年末から予定していたので予定通りに開催したものです。

 党本部からは立憲民主党代表で兵庫県連所属の水岡俊一代表が出席しました。また、来賓として今回は公明党兵庫県本部代表の伊藤孝江参議院議員が出席しました。

 





 桜井シュウは、手続き的には、衆議院議員総選挙の直前に新党「中道改革連合(中道)」立ち上げということで、他の衆議院議員選挙の候補者とともに立憲民主党を離党して中道に入党しました。なので、立憲民主党の党員ではなくなっているのですが、2017年10月に結党した旧立憲民主党から8年余りともに活動してきた仲間ですし、今般の衆院選においてもご支援をいただいたので、お礼を述べつつ、引き続き活動を続ける旨の決意を表明しました。

 決意を表明しましたが、実行するのは容易ではありません。いばらの道を進む覚悟です。

 2月20日(現地時間)にアメリカ連邦最高裁判所においてトランプ関税の判決が出ました。大方の予想通り、憲法違反で無効とのこと。世界経済を混乱に貶めたトランプ関税はこれで撤回されることになるはずです。ですが、トランプ大統領は別の理屈で10%(または15%?)の課すと発信しているようですので、行先は未だ不透明のままです。

 

 他方で、これまで納税されてきた関税は、無効であれば返還されるべきものです。ですが、返還手続きをどのように進めるのか、いつ返還されるのか、本当に返還されるのかなど、これまた不明です。もし本当に納税者(輸入業者)に返還されるとなると、アメリカの財政に大きな歳入欠損が生じます。アメリカの財政はもつのでしょうか。疑問は尽きません。

 

 加えて、世界各国はトランプ関税の引き下げの交渉を行いました。日本は、トランプ関税を25%→15%に引き下げる見返りとして5500億ドル(約85兆円:1ドル=155円で計算)もの対アメリカ投資を約束しました。トランプ関税が違憲無効になった以上、5500億ドルの約束も根拠がなりましたが、それでも続けるのでしょうか。

 投資案件の第一弾が発表され、第二弾も検討中とのことです。最初のうちは採算性があるまずまずの事業が選定されるでしょうが、早晩、弾(優良案件)は尽きます。そもそも優良案件であれば既に事業化されているはずです。事業化されずに残っていた案件ですから、その程度のものということです。それでもお付き合いを続けなければならないのかは重要です。採算が取れない事業には投資しない、当たり前が貫けるかが焦点です。

 

 短期的にはトランプ大統領の横暴をやり過ごさざるをえませんが、中期的にはトランプ大統領にいちいち振り回されないようにするための国際秩序と自由貿易体制を再構築することこそ重要です。そうした構想力を持つ日本の国会議員が桜井シュウだと自負していましたが、議席を失ってしまったので、微力が無力になってしまいました。

 それでも桜井シュウは、ささやかではありますが発信は続けていき、来るべき事態に備えます。

 落選した前職の議員は早々に議員会館の事務所と議員宿舎の部屋を退出せねばなりません。先週の木曜日(2月12日)に議員会館事務所は退出できましたが、議員宿舎が残っておりました。本日、ようやく引っ越しの搬出が完了して退出しました。明日は地元で引っ越し荷物の搬入です。なかなか地元での活動を始められず、申し訳ないと思っていますが、引っ越しは最優先でやらねばならないものなので、ご理解ご容赦いただければ幸いです。

 

 

 明日の午後からは地元での活動を始めるつもりでおりますので、温かいご支援を宜しくお願い申し上げます。

 妻が東京勤務のときには赤坂議員宿舎で家族で住んでいました。1年半前の赴任により、家族は赤坂議員宿舎からは転出しましたが、幾分かの荷物は残していました。

 今般、引っ越しといっても地元でも荷物の置き場には限りがあるので、たくさんはもっていけません。大半は捨てていくことになります。いろいろと整理していると、子どもの学校での作品(書道、図画工作など)が出てきたりして、センチメンタルな気分になりました。

 そうした中で、段ボール箱に「落選したら捨てる」と書いてありました。議員の常として、落選のリスクはあり、そうなれば退去を迫られます。そうしたリスクを踏まえて、1年半前の引っ越しのときに仕分けをしていたようです。わが子ながら、リスクを管理しようとする姿勢に感銘を受けました。父親がふがいなくても、子どもたちは立派に成長してくれそうです。ありがたいことです。



 桜井シュウは、国会の会期中、平日は赤坂議員宿舎に部屋を借りていました。落選すれば、すぐに退去せねばなりません。

 他方で、引き続き当選した議員も来週からの特別国会に備えて、国会にやってまいります。引っ越し作業をしていると、一階のロビーで委員会などでご一緒した自民党の中堅議員にあったり、同じフロアの自民党の重鎮議員と鉢合わせたりします。そして、「また、国会に戻ってきて下さい。一緒に仕事できるのを楽しみにしています」などと声をかけて下さいました。社交辞令が入ってはいるとしても、打ちひしがれている身にはありがたいお言葉です。

 選挙に強い議員は、人格者なんだなと改めて感じました。桜井シュウもしっかりと精進してまいります。

 本日(2月13日)、中道改革連合の野田佳彦共同代表と斉藤鉄夫共同代表の辞任に伴う代表選挙が実施されました。代表選挙と言っても、現職国会議員による議員総会で選出ということですので、落選した桜井シュウには投票権はありませんでした。

 候補者の小川淳也議員と階猛議員はともに親しくさせていただいてきました。候補者の演説はどちらも素晴らしい内容でした。さすが厳しい選挙を小選挙区で勝ち抜くだけのことはあります。桜井シュウもこのレベルに達せられるよう精進してまいります。

 結果は、僅差で小川淳也候補が代表に選出されました。前途多難ではありますが、桜井シュウは新代表をしっかりと支えていきます。



 本日(2月12日)が議員会館の退出期限でした。多くの皆さまのご協力により、なんとか片付けと撤収作業を終えることができました。

 当選していれば、選挙直後のこの時期は挨拶回りをしているはずなのですが、落選すると引越しという過酷な作業が待っています。

 午後には片付けのメドがついたので、党の内外でお世話になった議員の事務所にお礼のご挨拶に回りました。議員としての取り組みは、一人でできるものではなく、多くの議員と力を合わせて進めてきました。一緒に取り組んできた議員からは、「また戻ってきて、一緒にやりましょう!」という趣旨の言葉をいただきました。

 大国の自国優先や経済的強者の自己中心が台頭しる時代の転換点にあって、国内外での人権、民主主義、法の支配などの人類普遍的価値の追求やジェンダー平等の推進などはやはり自分が取り組まねばならないと強く感じました。

 I shall return!(自分は必ず戻ってくる!)との決意を確認しました。



 今後は、国会への出入りは、前議員通行証と前議員バッジでできます。実は、初当選のときには当選して議員になっているのに議員バッジがない(議員バッジは初登院=特別国会初日にもらう)ので、出入りに難渋したことを思い出しました。そのときには、衆議院同期当選の尾辻かなこさんが、元参議院議員としての前議員バッジを持っていてその随行者として議員会館に入れてもらったことを思い出しました。