「よろしくお願いします」が英訳できない理由 | 最適性理論(音のストリーム)で英語を覚える

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訳しにくい言葉

 

 日常生活において、よく口にする言葉の一つに「よろしくお願いします」があります。人に何かをお願いする時や挨拶をする時、また今日ではメールの文末には決まり文句のように使用している方も少なくないと思います。私自身、無意識によく口から出てしまう言葉であり、また周囲の方からよく受け取る言葉でもあります。

 よく考えてみると、私にとってこの「よろしくお願いします」というひと言は、アメリカで生活しているときに、一番英語にできずに困ったフレーズかもしれません。渡米した当初、これからお世話になる方をはじめ、さまざまな方にご挨拶をさせて頂く日々が続きました。その都度「よろしくお願いします」と伝えたいと思うのですが、どう英語で伝えれば良いかわからず、ぎこちない表現の英語を言った後に、握手しながら頭を下げるというおかしな動きをしていたことを思い出します。

 

 しかし、この動作はアメリカで生活して2年、3年経っても変わることはありませんでした。お恥ずかしながら「よろしくお願いします」のしっくりくる英語表現を習得することができなかったのです。最終的には諦めて、にこりと笑って握手し、心の中で「よろしくお願いします」とい呟くようにしていました。

 また、英語でメールを作成しているときも、この言葉をどのように表現すればよいか悩みました。日本語のメールでは、必ず文末に「よろしくお願いします」の一文を添えて送信していたため、英語のメールを作成するときも、どうしても文末に「よろしくお願いします」を添えたくて、英訳を試みるのですが、どうも上手くいきませんでした。

 

 ネイティブの友人などに相談したところ、メールを送信する相手のとの関係によりますが、「敬具」の意味で「Sincerely」「Yours truly」「Regards」や気楽な結びの言葉として「Best wishes」(幸あれ)「Take care」(じゃあね)などがあると知りました。しかし、「Thank you」であればどんなときにも無難だということを聞いて以来、私の中では「Thank you」が「よろしくお願いします」の英訳だと自分に言い聞かせて使っていました。

 

訳せない理由
 しかし、一見、英訳が簡単そうに見えるこの「よろしくお願いします」という言葉に、なぜここまで悩まなければならないのでしょうか。実は、それもそのはずなのです。なぜならば、元来英語にはひと言でさまざまな意味の役割を持つ日本語の「よろしくお願いします」のような表現がないのです。

 英訳をする場合、「よろしくお願いします」を使うシチュエーションごとに、その言葉の意味を理解したうえで、英訳しなければなりません。つまり、その場面場面で自分が意図することを細かく明確にすることで、英訳が可能になるということです。

 例えば、何かをお願いする時の「よろしくお願いします」は、依頼したことへの「よろしく」という気持ちを込めて「Thank you in advance」となります。また、初めて出会ったときの挨拶で使う場合は、「Nice to meet you」(はじめまして)となります。さらに、面接などをする際の挨拶として使う場合は、「Thank you for taking time to meet」(面接するお時間を作って頂きありがとうございます)などとなります。つまり、「よろしく」というものが何を指しているのかを明確にすることが重要になります。

 しかし、私自身、時として何に「よろしくお願いします」といっているのか分からなくなることがあります。何か目的や意図がなくても、無意識に口にしてしまいますが、相手も特にそれに対して疑問を感じず、「こちらこそ、よろしくお願いします」と返答されることもあります。この場合は、一体お互いは「何」を「よろしく」と言っているのでしょうか。

 

 ここで「よろしく」の意味を確認してみたいと思います。「よろしく」とは、漢字では「宜しく」と書き、主に「ちょうどよい具合に」「是非とも」を意味し、人に何かを依頼をする時や人に好意を伝えてもらう時(例、「よろしく伝えて下さい」)にも使います。

 ここでも「何」を「よろしく」なのか明確ではありませんが、さまざまな「よろしく」の意味を深く掘り下げてみると、ある共通の目的に行き着きます。それは、「とりはからう(取り計らう)」ということです。つまり、物事がうまく運ぶように考えて処理をすることです。

 

 これは特別な解釈ではなく、すでにご存知の方も多いと思います。しかし、普段から何気なくさまざまな場面で「よろしく」を口にするが故に、言葉が形骸化してしまっていて、気が付かなかったという方もおられるのではないでしょうか。

 「よろしく」の前には、目的として、物事の便宜を図ってもらいたいという意図が省略されているのです。しかし、注目すべきことは、その意図を言葉として表現せずともコミュニケーションが成り立ち、その意図もくみ取られることです。

 

 これはまさに、「以心伝心」を物語っている気がします。「以心伝心」とは、「心を以(もって)心に伝う」と読み、元来は仏教(禅宗)用語で、言葉や文字では分からない仏法の真髄を、師から弟子の心に伝えることを意味しますが、現代では文字や言葉を使わなくても、お互いの心と心で会話するということを意味します。この言葉から抽出すべきことは、「信頼」というものです。私はこの「信頼」こそ、「よろしく」が指し示すものだと思うのです。

 

お互いの「信頼」があってこそ
 「よろしく」とは、自分への便宜を図ることだけをお願いする一方通行ではなく、相手への便宜も図る対面通行でなければ成り立ちません。さもなければ、それはただの強要になってしまいます。いい例が、「よろしくお願いします」と言えば、「こちらこそ、よろしくお願いします」という返答がある場合です。お互いの「信頼」があって成り立つのが、本来の「よろしく」という言葉なのではないでしょうか。

 これまで、なかなか相手のことまで考えて「よろしくお願いします」と口にしていなかった私自身を反省します。多くの方と、心から「よろしくお願いします」という言葉を交わすことができるような生活に努めていきたいと思います。

 

言語にはこのような形骸化した表現が多いので訳すと言う事は意味のない事です。ネイティブの表現を真似る、使い方も、発音も真似る事です。