祇園白川の辰巳大明神(たつみだいみょうじん)は、京都御所より辰巳の方角(南東)にあるところから名付けられた神社です。南東の方向を守る神社でした。祇園白川沿いにあり、祇園の人々からの信仰が厚く、芸姑さんや舞妓さんが芸事の上達を願って手を合わせる姿を見かける場所として有名です。「祇園のお稲荷さん」とも呼ばれ、才神は狸、かつてこの界隈に住んでいた狸がいたずらをして人々を困らせていたため、タヌキを祀る祠を建てたところ治まったという逸話があるそうです。
観光客に人気のスポットです。
辰巳大明神の近く、白川沿いには「かにかくに碑」があります。
『かにかくに 祇園はこひし 寐(ぬ)るときも   枕のしたを 水のながるる』
この歌は、『祇園小唄』の作詞者でもある祇園をこよなく愛した歌人 吉井勇(1886~1960)が1910年に詠んだ一首で、歌集「酒ほがひ」に収められています。
当時は白川の両岸に茶屋が建ち並び、建物の奥の一間は川の上に少々突き出ていました。「枕のしたを 水のながるる」はその情景を詠んでいます。しかし、第二次世界大戦下の1945年3月、空爆の疎開対策に白川北側の家々は強制撤去され、歌碑が建っているこの地にあった茶屋も取り壊されました。
第二次大戦後の1955年11月8日に、友人たちにより吉井勇の古稀(70歳)の祝いとして、ここに歌碑が建立されました。発起人には、大佛 次郎(おさらぎ じろう)、里見  敦(さとみ とん)、志賀 直哉(しが なおや)、谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう)、堂本 印象(どうもと いんしょう)、湯川 秀樹(ゆかわ ひでき)などそうそうたるメンバーが顔をつらねました。以来,毎年11月8日には吉井勇を偲んで、「かにかくに祭」が祇園甲部の行事として催されます。
写真は五月のものですが、桜の時期に白川沿いに咲く花と白川に浮かび流れていく花びら、風情があってよかったです。




3月の桜の時期の写真を追加します。