
毎日元気一杯に公園で遊ぶ長女。
このブログでも書いているように
着替えや食事のことがだいぶ自分でできるようになり、
次女のお世話や掃除、洗濯、料理のお手伝いも率先してやろうとしてくれたり、
言葉や歌や踊ったり、自分の感情の表現の幅が広がったり
他のお友達に譲ったり話して解決したり少しずつできるようになったことなど
瞬きをすれば成長しているその姿に感激をもらえる毎日♪♪
、、、ではあるが、、、
このところ、自立期、、世間ではイヤイヤ期といわれるようなものが前よりはっきりでてきた。
この日も出かけるときに
「おむつ替えようね♪」
というと
「おむつ替えない」
と、はじまり、、
「おむつ変えてからお出かけするんだよ。」といっても
「かえないの!」の一点張り。
そのあとあれやこれやの手で押し問答があり、
泣いたりされながらも
なんとか最後は落ち着いてオムツを替えて出かけることになった。
たとえちょっとそこまで、と思って出かけるまでに自分、長女、次女の準備があって、、それでこのことがあると出かけるまでにものすごい時間がかかってる上にやや疲れていることに気づく。
幸い、まだ幼稚園などもなく日々決められた時間に行かなくてはいけないところも少ないので
こちらも焦らずやりとりできるが、、
いやはやはじまりました!!

「○○しようね」→「○○しないの」
が合言葉。
あまのじゃくですかー?
長女の場合、
人から指示されることがいやで、
だから
着替え、お風呂、歯磨き、お片づけでのことで揉める。
あとはこちらが「やめてほしいなー」とおもうような、、
たとえば物を投げてみたり落としてみたり
わざと足で触ったり
食べてるときにしてほしくないようなこともあえてニヤッと笑ってやってみたりする。
このように文に直していたり、本を読んだり、人の子供だと
「そうだよ、二歳だもの。そんなこともしたくなる時期だよね。」
なんて言えるし、基本的にはそういった行為も冷静に受け止められるし、
やりたいことはやってみたらいいじゃない、と寛容に見てるつもりだが
自分に余裕がない、特に夕方の体力的にも疲れがでてくると、、、なぜこんなにもイラッと来てしまうんだろう、とおもう。
そしてバトルがはじまり、、
さらに疲れて、、
夜が来て、
長女のあどけない寝顔を見れば
可愛くて可愛くて、、
「なにもあんな小さなことで怒らなくてもよかったのかな。」なんて反省したり。。
でも次の日がくればまた同じことしてしまったり。
少しずつ自分でも対策を練って試行錯誤中。
そんな中、先日、児童館でお友達と喧嘩して、「それはだめでしょ。」ということをしたので
びしっと叱っていたら
まだ2歳児を知らないであろうお母さんたちが
ちょっとびっくりしたようにこちらを見ていたことがあった。
それで思い出した。
私もまだヨチヨチしていた長女が0歳や一歳の頃。
少しずつ色んなことができはじめて、
どんな些細なことも「すごい!」と思えて
テーブルを散らかされても
おもちゃをポンポン投げられても
それですらただただ可愛かった時期。
多分2,3歳の子供を
「ダメでしょー!」って大きな声で叫んでいるお母さんを、
スーパーでギャン泣きしてわめいて床でバタバタしている子供を
やや距離をとって「はあ。」とため息付いているお母さんを、
「じゃあ置いてくよっ!」
ってスタスタ先にベビーカーを押して行こうとしているお母さんを、
「なにもそんなに、、」という目で見ていたことがあった。
きっとどこかで「私ならそういう風には叱らない。」なんて思っていたんだろう。
でも、今この時期に入ってよくよくわかった。
どのお母さん達だって本当はそんな風にしたくてしているわけではないことを。
それがたまたまその一場面でそう見えても、
お母さんたちはイヤイヤする子どもと毎日朝から晩まで付き合い続けているほんの一部であることを。
公共の場では色んな人がいて、
危険も迷惑も人一倍気をつかっていることから神経がピリピリしてああなってしまうことも。
もちろんこれはお母さんそれぞれによるし、子供の性格などでもだいぶ違うのかもしれないけれど
経験してみなければわからなかった。

大きな世界を見ればこれは小さな小さな世界での話。
ありふれた日常のこと。
大変、だなんて書いたけど
明日のことを考えられる今があるありがたさ。
とはいえ、
明日もまたその感謝を思い出す余裕なく
手こずる自分がいるんだろうなあ。。
おやすみなさい。