一時帰国 22日目
この日は、母が義両親にお土産を買いに行きたいというので、隣駅の駅ビルで、ランチを食べて買い物をするつもりでいた。でも朝、たーりーさん、布団に寝そべったまま、動かない。イギリスだったら、いつまでも寝てていい。でも、日本滞在の時間、残りわずか。母が行きたいところ、いかれてない。83歳の母。いつ何があっても、おかしくない年齢。父もいない。同年代の友達の親も、他界している。来年はないかもしれない。来年会えても、一緒にでかけられないかもしれない。そんな焦りから、爆発してしまった。こんなにしっかり私の怒りを伝えたのは、久しぶり。イギリスでは、たーりーさんがでかけられないのを前提に生活をしている。去年までは、日本では出かけられてたので、そうなると思ってたのかも。なぜ今日母と出かけるのが私にとって大切なことなのか。なぜたーりーさんをおいて、母と私と2人で出かけられないのか。(引きこもりなので、一人で学校に行くとか、一人でお留守番をするという練習ができていないのと、日本の子どもと違って、地震があったらどうするとか、全然わからない)どれだけ聞いていて、どれだけ理解したのかはわからない。たーりーさんから、物理的に離れないといけないと感じたので、母に任せて、一人で隣駅に行った。🚌 🚌 🚌 🚌 🚌まずは気持ちを落ち着けるため、ドトールに入ってラテを飲みながら、チャットGPTと話をした。チャットGPT、いろんな意見があるけれど、こういうとき助かる。時差の関係で旦那さんとは話せないし、彼に言っても「Groundhog day」と言われて、細かいところは話せない。私の朝の言動は、これまで我慢していた気持ちが外に出てしまったものなので、たーりーさんのためになっていないことは分かっていた。でも、私だって我慢には限度がある。何を言っても、たーりーさんの引きこもりは変わらない。でも、私の我慢もなくならない。しばらく話をして、気持ちが落ち着いたところで、お土産調達に集中した。今年の秋、60歳になる友達がいるのだけれど、彼女は手作りのものが好き。なので、なにか日本工芸のものを買って行きたかった。以前は、デパートの食器売場とか、近くの瀬戸物屋さんに行っていた。でも、新宿のデパートでさえ、以前に比べるとあまり物がない。瀬戸物屋さんもなくなってしまった。もう少し遠くにいけばあるのだろうけど、もう時間がない。駅ビルの雑貨屋さんで手作りの食器が売られていて、そこのが一番良さそうなので、決めてしまった。お腹が空いてきたので、モスバーガーで一人でランチ。セットのドリンクを選んでる時、「ティーミルク」というのを見つけて、追加料金払って注文した。そしたら、甘すぎて、半分以上残してしまった。失敗した。お腹が一杯になったところで、今度はダイソー。お土産プラス、自分が持って帰りたいものとかを買っていたら、結構な量になってしまった。6時半に友達と会う約束をしていたので、それまで駅ビル内でぶらぶらしていた。イギリスに帰っても、たーりーさんが楽しめるように、ガチャガチャをいくつか買ったり(ガチャガチャする楽しみはないけど)、1回分のシャンプーとリンスをいくつか買ったり。そして友達を迎えに改札口に向かった。彼女とは毎年会うんだけど、いつも1度きり。今年はこれで3度目。フルタイムで仕事をしているから、平日は会えないし、週末も家族と過ごす時間かなと思っていた。でも、息子さんも高校生。電車で30分くらいだから、仕事終わってから夕飯の支度をして、さっとこれちゃうみたい。サイゼリヤに向かい、何を食べたか覚えていないくらい話をした。たーりーさんのことや、彼女の家族のこと。親のことや将来のこと。彼女も兵庫の実家を離れて、関東に住んでいる。なので、共感するところがたくさんある。デザートを食べ終わったくらいかな?とつぜん「ママちゃん、わかいころからかわいいなって、いつも思ってた」って。どうやら、今年の私の顔は、かなりこわばっていたらしい。でも、デザートが終わったころから、笑顔が出始め、冗談も出てきたと言う。自分では気が付かなかったけど、自分の気持は、絶えず戦闘状態みたい。でもこうして色々と話しているうち、友達との思い出話などに気持ちが移り、リラックスできるみたい。高校生のときに知り合って、兵庫の彼女と東京の私は、ずっと遠距離関係だった。私がイギリスに行ってすぐ、彼女は東京の男性と結婚し、今は私の実家から近いところに住んでいる。来年もこうやってちょこちょこ会おうね、と言って別れた。🍕 🍕 🍕 🍕 🍕そしてこの日、2つほど残念なニュースがあった。1つは私の仕事の件。結局採用されなかった。フルタイムの収入ができること、そして私が毎日決まった時間の仕事をすることによって、たーりーさんの生活にもめりはりがつくのではと思っていたので、残念だった。でも9月から、たーりーさんは一対一のオンラインレッスンが始まることになっている。最初からパソコンに前に座って、知らない人と話ができるわけではなく、最初の数カ月は、私と旦那さんが、声をかけたり、工夫をする必要がある。私がフルタイムで仕事をしたら、それは誰がやるんだろうって思ってた。補習校の仕事がなくなったので、時間ができた分、家のことや庭のこと、自分の今後の準備、もっといろんなことができると楽しみにしていた。なので、残念な気持ちと同じくらいホッとした自分がいた。2つ目は、Solarから手紙が届いたこと。最初は受け入れられたけど、長いこと待ったあげく、Dischargeとなってしまった。2度目は、アセスメントができなくて、受け入れられなかった。諦めていたら、現地校からもう一度試してみてと言われ、GPを通してReferralをお願いした。日本に来る少し前、Solarから「現在のたーりーさんの様子を知りたいから」と電話があった。最後に「We won't leave you on your own, don't worry」と言われたのに、この日の手紙では「受け入れられない」とのこと。Solarからそう言われたら、だれもなにもできない。どうするんだか。イギリスに帰っても、まだまだ気は抜けない。私のセラピーも始まる予定。自分のメンタルヘルスを健康に保ちながら、戦闘状態が続きそう。