新しいオルガンに名前をつけました。

「マルティン・500」です!!\(^o^)/

(マルティン・ルターの宗教改革500周年記念から(^^ゞ)

 

 

オルガンだけど、マシンというか、音楽のロボットみたいな楽器です!

 

 

新しいオルガンの音を聞いた人が、

 

「前の古いオルガンが三輪車だとしたら、新しいオルガンはベンツぐらい、音に違いがあるなあ~。」

 

と、言っていました(^o^;

 

マルティン・500はすんごいオルガンですが、やっぱり本物のパイプの音とは違います。

でも、どんな曲もドンとこい!の音色を持っているので、私たちには十分すぎるぐらいの楽器です。

 

 

こんなスーパーオルガン・マルティンですが、弱点があります。

大きなスピーカーがないと礼拝堂全体に響き渡らないんです。

 

 

この前、マルティンを販売した楽器店のサムが取扱いの説明のために、教会にやってきました。サムはマルティンの使い方をトッツァン、シンディさん、そして私にたくさん教えてくれましたが、肝心のスピーカー設置には無関心でした。

 

 

と、いうのがですね、マルティンが運ばれたときに大きなスピーカーも設置されました。でもそのスピーカーが、なんとオルガンの足ペダルの側に置かれていたんです。しかも音が会衆席の真反対に向かって行くように置かれていました。

 

 

だから弾いていて音量の大きさで耳が痛くなるし、それに音が全く会衆席に届かず、お披露目の日曜礼拝の時は非常に困りました。みなさんから「聞こえないから歌えない!!」と、文句が出ました。

 

当たり前ですっ。

だって、明らかに不適切なところにスピーカーを置いているんですから!ヽ(`Д´)ノ

 

 

と、いうことでトッツァンを捕まえて、

 

 

私:「スピーカーの位置が明らかにおかしいじゃないですか。サムに連絡して、スピーカーの設置の直しをお願いしてください。」

 

 

トッツァン:「これ以上のことはサムはもうしないと思う。」

 

 

私:「はあ?なんですか?それ。」

 

 

トッツァン:「これ以上のサービスを頼むには別料金になるんだ。」

 

 

と、意味の分からないことを言っていきます。

 

 

私:「スピーカーがこんな意味のない所に置かれていると、この立派なオルガンも役立たずじゃないですか! サムが来ないなら、私たちでスピーカーを動かしましょう。もうサムの無責任さには疲れました。」

 

と、言っても、トッツァンはあーだ、こーだ、と言って、スピーカーの設置直しを嫌がります。

 

 

私とトッツァンのやり取りを側で見ていた、もう一人のオルガニストのシンディさんも、

 

 

シンディさん:「スピーカーは動かした方がいいと思う。」

 

 

と、私の援護射撃っぽいことを言い出しました。

シンディさんは私とはほぼ喋ってくれなくて、苦手な方です。

でも、今日は私の側に立つようなことをトッツァンに言い出しました@@あせる

 

 

それでもトッツァンは訳の分からないことを言い続けるので、

 

 

私:「だったら、もういいです。ケネスさんに頼みますから。」

 

 

と、言いました。

すると、トッツァンが不機嫌な顔になりましたっ。

 

 

トッツァン:「分かった。明日、サムに電話するから。サムにこのスピーカーの位置はおかしいだろ?って言ってやるからっ。」

 

 

と、言いました。

もう、何を言っているのか分かりません。だってサムはもうこれ以上のサービスをしてくれないんでしょう?なのに、なんでサムに事情を言わなきゃいけないの?それにスピーカーを2メートルぐらい動かすだけのことなのに。

 

 

と、その2日後、トッツァンから、

 

トッツァン:「サムに電話したら、『スピーカーを動かしてもいい。』と許可が下りた。」

 

と、言うことで、トッツァンとシンディさんと、シンディさんの娘さん、そして私の4人で重たいスピーカーを頑丈なテーブルに乗せて、バルコニーから会衆席に音が飛ぶように設置しました。

 

 

すると、今度は勢いよく音が礼拝堂に飛び出していきました!しかもうるさいぐらいに!!

でもこんなこと、小学生でも分かることです。

なんでこんなに私がギャーギャー言わなきゃいけなかったんだろ???

 

 

トッツァンの言うことや行動が理解できないことが多いので、オルガンの値段についてもう一度聞いてみました。

 

 

最初は、このスーパー・マルティンは日本円で95万円で購入できると聞きました。展示品として教会に置く代わりに安くする、という理由で。

 

 

でも、今回のトッツァンの話では、その95万というのは1ヶ月間のレンタル代だというのです。

 

 

実際の販売価格は400万。

しかもこの礼拝堂にふさわしいスピーカーも購入するとなると、合計730万円だというのです。

 

 

はあ?????

なんで、こんな金額になってるの????(((゜д゜;)))

 

 

私たちの教会のオルガン貯金は200万円です。

この範囲内で購入できるオルガンを選ぶべきではありませんか。

 

 

それなのに、何勝手なことをしてるんだろう?

購入するオルガンなら、どうしてシンディさんと私に「どのオルガンにする?」と相談しなかったんだろう?

 

 

マルティン・500を階段を使って運び込んだ費用は40万です。

もし今回はレンタル、ということで返却するなら、撤去費用40万がまた掛かります。

 

 

正直、マルティン・500は私たちの教会には十二分な楽器です。

もっとシンプルなオルガンで良かったと思います。

そして中古を探せば200万でお釣りがくる楽器と出会えたと思います。

 

 

どうして、こんな後に引き戻せないことをしたんだろう。

 

 

と、これからこのオルガンはどうなるんだろう?と、心配になりましたが、私よりも牧師のグレッグ先生の方がもっとショックを受けていると思います。

 

 

そして、先週の日曜日。

オルガンの購入をどうするか?を教会のみんなで話し合いの時を午後に持ちました。

 

 

今回のオルガンの経緯について牧師のグレッグ先生から教会のみなさんに説明がありました。

 

 

そして予想以上の値段にみなさんが驚かれていました。

 

 

もし、購入するとなると、もう200万が必要。

この200万のために、みなさんにオルガンの献金をお願いしなくてはいけない、ということ。

730万は明らかにおかしい値段なので、それは楽器店に抗議するということになりました。

 

 

私たちの教会はリタイアをなさった世代の方が多いです。

働き盛りの世代が少ない教会です。

 

 

毎週の献金を捧げるだけでもとても大変なことです。

それにオルガンの献金も加わるなんて、負担がさらにかかります。

 

 

私はマルティン・500を自由に弾けること、そして習ってきたいろんな曲も教会で弾けるようになる嬉しさでいっぱいでしたが、お金がかかることを思うと、マルティン・500とのお別れの準備もできてきました。

 

 

話し合いのとき、教会のとある人が、

 

「まずはオルガニストの気持ちを確認しましょうよ。ねえ、カロヤン、あなたは新しいオルガンを気に入っているの?」

 

 

と、聞いてこられました。

 

 

私はアホだから、その質問を受けて、顔がにやけてしまって「(*´σー`)エヘヘ」と言いながら頷いてしまいましたっ。

 

 

そしたらみなさんが、「はい、分かりました!」

 

 

と、大爆笑となってしまいました><

あ~!!もう、バカバカっ!!!

なんで子どもみたいな返事をしてしまったんだろう!!!

 

 

教会の人たちはシンディさんにも尋ねました。

 

 

シンディさん:「私も新しいオルガンを気に入っているわ。」

 

 

みなさんでしばらく話し合いましたが、金額が大きいので来月の話し合いまで保留となりました。

 

 

もし私がビル・ゲイツのように大金を稼ぐ人間だったらマルティン・500どころか、教会の借金も返済して、そしてパイプオルガンを購入できるのにな。

私のパート収入では一括払いにも全く届かないや。

 

 

マルティン・500とお別れになるかもしれないけど、まずは10月29日のことを一番に考えなきゃ!! マルティンと一緒に10月29日を頑張らなきゃ!!(^-^)

 

 

もしかしたら、トッツァン自身も騙されたのかもしれないので、トッツァンに向かってプンプンするのはやめようあせる(でも不注意すぎますっ)

 

 

だとしたら、楽器店の腹黒さに腹が立ちます。

それでもキリスト教の信仰者か?

教会のオルガニストか???

 

 

教会というところには完璧な人間が集まるわけではありません。

だからこそ、日曜日に集まって、礼拝して、聖書を読んで、牧師のメッセージを聞いて、そして神様の姿から何かを学び取ろうとする場所なんだと思います。

 

 

それなのになあ・・・。

 

 

と、マルティンを通していろいろ思いました。

マルティンもなんだか振り回されてかわいそう(´・ω・`)

 

 

 

 

話は変わって、10月29日に歌う賛美歌の中で、大感動する歌がありました。

前の日記でもご紹介したかと思いますが、「Lord Jesus Christ, With Us Abide」という歌です。

原曲のタイトルは「ACH BLEIB BEI UNS」です。

 

 

この歌を一番最後に歌います。

どうして、この歌を牧師先生は最後に置いたんだろう?と考えながら練習していました。

 

 

でも、その理由が今日分かったような気がしました。

 

 

 

 

歌詞の内容は「神様、どうかいつも私たちの側にいてください。」と、祈る歌です。

 

 

歌詞も華やかな言葉で綴られていなくて、ただ、神を求め続ける信仰の基本を表した歌のように思います。

 

 

そしてメロディも和声もとってもシンプルです。

 

 

でも、この歌はとっても美しいです。

音楽の中に優しい光が差し込んでくるような感じがします。

 

 

この歌の前にBach先生のBWV649を弾きます。

そして歌っていきますが、649の後に続けて歌に入れるようにと、オルガンのグレッグ先生がとっても美しいイントロを作ってくださいました。聞いていると泣けてくるようなイントロです。(みなさんにも聞いてもらいたいです(´;ω;`))

 

 

きっと先生もこの歌の美しさを感じ取られたんだと思います。

そしてBach先生も。だからあんな美しいオルガン曲を作ったんだと思います。

 

 

歌詞が美しければ、メロディも美しくなるんですね。メロディを作ったルターは素敵ですドキドキ

この曲の作詞者の「Philipp Melanchthon」と「Nicolaus Selnecker」に会ってみたいと思いました(*^^*)

 

 

サムもこの賛美歌の美しさに気づけ~!!!ヽ(`Д´)ノむかっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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