12/31(火)08:00
小雨
外気1度
季節外れの雨が鶏舎を包む。
湿気の多さが諸事に影を落とし、換気扇のシャッターは開き放たれたまま。
押し出し棒の根元には埃が絡みつき、それがまた些細な厄介を招く。
年の瀬とはいえ、物事は簡単には収まりを見せぬ。
だが、兜の緒を締め直し、新たな年に向き合う覚悟をするほかない。
12/31(火)08:00
小雨
外気1度
季節外れの雨が鶏舎を包む。
湿気の多さが諸事に影を落とし、換気扇のシャッターは開き放たれたまま。
押し出し棒の根元には埃が絡みつき、それがまた些細な厄介を招く。
年の瀬とはいえ、物事は簡単には収まりを見せぬ。
だが、兜の緒を締め直し、新たな年に向き合う覚悟をするほかない。
12月29日(日)
気温はマイナス3℃。
空はどんよりと曇っているものの、風はなく、意外に暖かさを覚える朝だった。人は環境に慣れる生き物だというが、これほどの寒気を「暖かい」と感じる自分が妙におかしい。
朝の農場巡回を終えたところで、突然の鼻血。どうやら身体が何かを訴えているのだろう。日頃の行いの罰か、それともただの偶然か――いや、働きすぎではないことだけは確かだ。鼻血一つで笑える程度には、まだ余裕があるらしい。
昨日、新たに手に入れた電動耕運機を試運転した。動きは滑らかで、なかなか頼もしい相棒となりそうだ。ただし、5kチョイの重量。
長時間の作業では思った以上に腕や腰に負担がかかる。便利でありながら体力を奪うこの矛盾には、機械の進化もまた人間の努力を必要とするのだと感じさせられる。
それでも、このような改良を積み重ねていくのが、農の営みというものだ。自らの身体に無理をさせすぎず、効率を求めながらも、一歩一歩確実に進んでいく。歴史もまた、そうして作られていくのだろう。
鼻血も機械もすべて、日々の暮らしの中で生まれるひとコマに過ぎない。それらを受け止めつつ、年の瀬を迎える。果たして、この電動耕運機は来年、どのような物語を紡ぐ相棒となるのだろうか。
12月25日、水曜日、午前6時50分。気温はマイナス3℃。風は容赦なく強く、身に染みる寒さ。
太古の昔、この厳しい冬を生き抜いてきた先祖たちは、自然との戦いの中で命を繋いできたのだろう。冬は、生きるか死ぬかの瀬戸際。その中で彼らが抱いた自然への恐れや畏敬こそが、日本人独特の神の存在へと昇華したのではないだろうか。
木々や石、風や雪、そのすべてに神が宿る――そう信じてきた先祖たちの生き方には、ただ感謝と敬意を抱くばかりだ。この厳しい季節もまた、彼らの精神を受け継ぐ一つの試練なのかもしれない。
気温マイナス3℃。夜空に浮かぶ星々は、まるで手の届きそうな天空の蛍。
今宵はクリスマスイブ。キリスト教徒ではないが、そんなことはお構いなしだ。我が家では娘の手作りケーキを囲むのが恒例。多少いびつでも、それもまた味というもの。
宗派も国境も軽々と越え、楽しむことにかけては日本人は天下一品。それでいいのだ。星空とケーキ、そして家族の笑顔があれば、この夜は十分に特別である。
12月24日、火曜日、午前6時半。
天候は晴れ、気温は氷点下4度。
冷たい北風が吹きつけ、巡回の仕事も少し気が重くなるような寒さだ。
それでも、頭の中にはストーブの前で集まり、まどろむ猫たちの姿が浮かぶ。ぬくもりの中で丸くなり、穏やかな時間を過ごす彼らの姿を想像するだけで、心が少し和らぐ気がする。
ふと顔を上げると、朝日に照らされる久慈平岳が目に飛び込む。その大らかで堂々とした姿が、寒さにこわばる心と体に元気をくれるようだ。自然の美しさに触れるたび、寒い冬の朝も悪くないと思えてくる。
そう思いながら、ゆっくりと足を進めていく。
12月23日、月曜日、午前4時。気温はマイナス4℃。
SECOMから餌詰まり警報で叩き起こされ、「緊急出動」です。
処理を終えたところですが、外は冷凍庫並み、内部との温度差は34℃!
結露が原因で餌詰まりはたまに起こるものの、まるで「結露の悪戯」に振り回されている気分です。
それでも24時間監視の安心感に包まれつつ、眠気と戦う冬の朝が始まりました。
12月21日(土) 6:00
気温1℃。季節外れの深い霧が立ち込め、意外と暖かい朝。昨日で新しい住人(雛)の迎え入れ作業は無事完了しました。
今日はいつも通りの地味な作業再開。雛たちのチュンチュンがBGM代わりに響き渡る、のどかな一日が始まります。
寒さと新生活の幕開け
12月19日、朝6時。気温マイナス6℃。東の空はほんのり明るく、西の空では月が60度の角度で「まだ寝ないぞ」と粘っている。でもこちらは、とにかく寒い。
本日より入雛。あと30分で新しい住人たちがやって来る。静まり返った農場も、これで一気に賑やかになるだろう。
ただ、気になるのはガス代。いや、寒さで凍える前に請求書で凍りつくかもしれない。