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ご質問で、幼児期から1,2年生あたりで集中力が続かない、できない問題があったりすると癇癪をおこすことがある、などのご質問をいくつかいただきました。

 

このお話、書いていると我が家全然大したことないのに、私がとても偉そうで、かつ、一体これ、参考になるところはあるのだろうか、ただ偉そうなだけだな、と思って何度も書き直したりして遅くなりました。。。。しかも本当にこれで伝わるのか、参考になるのか、お恥ずかしい限りの長文で、お時間ある方だけお読みいただければと思います。

 

 

集中力が短いのは当たり前だけど

 

まず、集中力が続かないのは本来は当たり前のことなのでそこまで気にされなくてもいいと思います。

人間の集中力は15分などとも言われていますのでお子さんが15分程度で勉強に飽きるのも最初は仕方ないです。

 

ですが、もしゲームやYouTubeなら何時間でもできるのに。。。という場合は今後の道のりは険しいというか親御さんが苦労するかもしれません。。。。

ゲームやYouTubeを先に与えてしまっている場合、切り替えの方法を教えなければならないからです。

例えば。ゲームから勉強へというのはハードルが高すぎますが、「ゲームから外遊び」だとすぐ誘いに乗りますか?

乗る場合はまだ重症ではないと思います。ゲームからオセロとか将棋、への誘いは??

そのあたりに見向きもしない状態にすでになっているとけっこう大変かもしれないです。絶望

 

なるべく、ゲームやYouTubeよりも外に出ること、身体を動かすこと、に興味を持てるようになっていると先は明るいと思うのですが。別に運動が苦手でも問題はなくて、知人の筑駒へ通われているお子さんは小さいころから植物が大好きだったそうです。そういう興味がとても大切で、何か虚構の世界より前に本物の世界に興味を持てていることで、勉強への興味も広がるように思います。

 

たとえばモンテッソーリ教育の世界では、ディズニーアニメやディズニーランドよりも、まずは本物の動物や植物を見せることを大切にしていますが、そこにも一理あるような気がします。熊がしゃべる前に、動物園で本物の熊を見てみるということですね。(厳しいモンテッソーリ教育園だとディズニー全否定、というようなところもあるようですがそれはやりすぎだと思います。なんでも原理主義はよくないですよね。)

 

話がそれてしまってすみません。

具体的にどうしていくか。テキストでの勉強で考えてみます。

 

 

まずは正答率が高いものを与える

 

ここはまず、親が気を長くして本人が最低8割以上できるものを必ず用意してください。よく7割と言われますが集中力が続かない子やあまり勉強に興味を持てていない時期は正答率が高いものを選んで「親に褒められる」経験が必要です。決して『トップクラス問題集』とか『スーパーエリート』とか、『きらめき算数』も危険です。集中力が続かない子はきらめき算数の「設定」を読み切ることが難しいからです。

 

 

何をどこまでやったら、終わりにするか、選択させる

 

ご質問だと、学校の簡単なものでも間違えると癇癪をおこすことがある、とのことでした。

うちの子たちの場合、二人とも基本的に生活していて幼児期から癇癪を起こしたという記憶がなく。

息子はできないものがあれば「できない」と言ってくる、諦めるタイプ。娘は1歳で自分でボタンを留められるまで毎日毎日ずっと黙って挑戦し続けるような、かなり粘り強いタイプですが、もう駄目だとなったら一人のときは、切り上げていました。1年生か、2年生のときだったかな、私が塾の仕事で遅く帰ったら↓こんなメモが残されていたことも笑い泣き笑い泣き笑い泣きお面白すぎて写真に撮っておきました。

どの問題をやってもつまづき、ピアノをやってもうまく弾けず、もうダメだったそうです。笑い泣き

 

一応、ある程度頑張ったうえでなら、「眠い」とか「できない」というときは我が家では勉強でもなんでも終了してよいことにしてあります。ただし、勉強を終了させて、ゲーム(うちはないけど)とか、動画を見るとか、遊ぶ、とかは無しです。早く寝るか、読書か、時間を区切って外遊び、やってもレゴとか。一番は「もう寝なさい」でしたね。

 

生活でも泣き叫ぶとかどうしても言うことを聞かない、とかそういうことがなかったのは、性格的な面とあとはモンテッソーリ教育の1つの方法である「選択」をうまく使っていたからかもしれません。小さなころから、2択でものごとを選択させたり、公園から帰らない、となったときに「じゃああと何をしたいの?」と聞いて「滑り台」や「砂遊び」ならば、どこまで、または何回それをやったら帰る?と聞いて、自分で選択して帰宅したように感じさせる。少しずつそういうふうにしてきたことも関係しているかも?しれません。まあ、何がよくて何が悪かったのか、なんて結局わからないのですが。

 

ただ、この2択制や、選択させる、という方法は勉強でも今も使えています。

たぶん大きな子にいきなりやっても、は?となるかもしれませんが、どうしても気が乗らないとか疲れているなというとき。親はそれでも少しだけでも勉強してほしい。そういうときに「公文3枚だけやるか、ワーク(なんでも)を基本問題だけやるか、自分で決めて」という。なるべく簡単なものにします。クリアできそうなもの。ちなみに疲れている度合いによって、選択肢は変えてよく、まずは「毎日少しずつでもやっていくと、絶対に力になるから。」という合意が必要です。ここで「どちらもやだ」「勉強はしない」となる場合は、もう一段階前の段階かもしれませんね。

 

勉強がそこまで嫌になるのは、疲れている、能力に対してオーバーワークさせている、という可能性が高いので親が我慢してハードルを下げるしかないと思います。

 

できれば、「勉強は当たり前にするものだ」というルールが植え付けられているといいのですが。。。。

 

 

個人的な経験からはあまりお答えになるアドバイスはないかもしれませんが、塾や教育界関係で仕事をしていての経験から感じることはあるので少し参考になることがあればいいのですが、書いてみたいと思います。

 

 

完璧主義なのかも?

 

あとは癇癪を起してしまう場合は、性格的に完璧主義なのかもしれませんね。完璧主義の場合は、逆をいうと「自分が完璧にできる」と思ってしまっているということでもあります。

それは「自己効力感」が高いということでもありますので、よいことですよね。

「自分はできる!」と思うことはとても大切で、本来は難しい問題へも立ち向かう力がある証明になります。

ではどうしてそれが、ちょっとつまづいただけで癇癪になってしまうのか。

もしかすると、まだ世界が狭いのかもしれません。

子どもの世界が狭いのは当然なのですが、簡単にいうと万能感が幼児のまま、少し幼さが残っているのかもしれません。

できなくても当たり前、までいくと言いすぎかもしれませんが、「なんでもできる(満点)」と思わなくてもいいんだよ、ということがうまく伝わると変わってくるかもしれません。

 

難しいのですが、自信を無くさず、持ちすぎず。このバランスがうまくいかない子は癇癪を起したり、イライラしてしまったりするのかもしれません。

 

具体的にいくつかの考えられるパターンや例を以下に出してみますね。

 

 

「知ってる知ってる」は賢くなる敵

 

ご質問をされた方のお子さんがそうとは思いませんので一例だと思ってほしいのですが、低学年のお子さんを教えていると必要以上に「ぼくは、私はこんなことも知ってる」「こんなことができる」「これはもう知っている」と教える側に主張するお子さんがいます。

「知ってる知ってる」と言いすぎてしまうんですね。

そういうお子さんは、自分が知らないことを知る機会を失いますし、もったいないです。

幼児や低学年には「知ってる知ってる」と言わないこと、を親が教えてもいいと思います。とくに男子は1年生でサピなどに通っていると学校の授業中に「もうそんなのとっくにサピでやってる」とか「公文でもうやってるから余裕~」などという子がいます。

昔からいますが、やはりあれは良くないですね。本人にも、周囲の子にも、先生にも良くないです。

あれを見るといつも「親御さんは知ってるのかな~」と思います。

 

私の肌感覚ですと「知ってる知ってる」の子で本当に賢い子、よく出来る子はいないです。

能ある鷹は爪を隠すは日本的すぎて良くないという批判もありますが、それとこれは違います。「知ってる知ってる」という子は自分がさらに伸びるチャンスを自分でつぶしています。

 

爪を隠せと言っているのではなくて、大したことも結局ないのにマウントするなと言っているのです。

たかが小学校低学年で、教えてくださっている先生より「知っている」わけがないんです。

やはりそこはきちんと注意されるべきだし、指導を受けるべきだと思います。

しかも、現代ではそういうときに叱ったり指導すると保護者にどう言いつけられるかわからないので、無視しておく教師も多いです。「いいや、ほうっておこう」と。だからこそ親がそこは厳しく子どもが外でそういう発言や態度をしていないか、監視しておくことは必要だと思います。

 

娘のクラスにも早稲アカのクラスや点数を自慢したり、塾のことをマウントする子がいますが、きっと親御さんは知らないんでしょう。でも子どもを通して周囲の親は知っていますのでいくら懇談会や外で隠しても逆に恥ずかしい事態になっています。。。。絶望そういうマウントしてしまうお子さんは、ガツンと「全国1位になってから、言おうか」くらい親御さんから言われたほうがいいかとも思うのですが笑い泣き薬が効きすぎますかね。

とにかく、たかが塾の、たかがその校舎の、たかがクラスの位置、とか点数とか、どうでもいいことなんです、本来。

そんなことを自慢してなんになる、という空気を親が真剣に作っておくことが必要だと思います。

我が家もそれだけは徹底しています。

子どもが勉強でもスポーツでも、なんでもいいですが良い成績を取れたら褒めますが、しかしそれが人格や人としての価値を表すものではないということは小さいころから伝えています。そして我が子以外も常に「良い言い方」で褒めるようにしています。なので息子も娘も、クラスの子のいいところをたくさん私に伝えてくれます。

 

幼稚園のころ、縦割りクラスの中で育ったこともよかったのかと思います。成長するとみんなお兄さんお姉さんになるんだ、と実感しますから。そして子どもが「〇〇ちゃんがこんなことをしていたよ」と「良くないこと」を言いつけてきたとき。私は基本的に「そっか、まだ幼稚園に(学校に)慣れていないんだね。そのうちきっと慣れていくよ」と伝えていました。なので娘はとくに「慣れれば誰だってできる」と思っているフシがあります笑い泣き

そしてお友達のことは親が常に「肯定的に」話を受けるようにすることも大切です。

クラスのお友達でそれぞれ得意なことがあって、それぞれ活躍する分野があるんだね、という認め合う気持ちを小さなころから育てていくと、誰かと比べて出来なかったことを必要以上に気にしなくなるんじゃないかと思います。

 

 

何でもできると思わせたいけど、思わせすぎない(難しい、、)

 

「常に何でも一番になりなさい」みたいな方針は、子どもにはきついと思いませんか?でも幼稚園時代、けっこうそういう勢いでお子さんを育てている方はいます。低学年くらいまで多いですね。

 

逆に「上には上がいる」ということを親が教えてみるのはいかがでしょうか。

ただ「上には上がいる」ということだけではなく、「みんな努力してるんだよ」「努力の過程が大事なんだよ」ということをスポーツでもなんでもいいので知っていると、あきらめるのではなく少しだけ頑張ってみよう、となるような気がします。

 

あくまで私見ですが、習い事でそれを実感できていると、わかりやすいかなと。

ピアノでもいいし、水泳などもスイミングスクールの進級テストとかわかりやすいですよね。同学年でもぐんぐん進む子がいたりしますし、公文でもそろばんでも、剣道でも、バレエでも、サッカーでも。いろんな子がいて、いろんな才能を持っている子を認め合う、温かく褒め合える、そういう家庭環境があるといいなと思います。

 

一応、私は「あなたのほうが頑張ればできる」とか「本当はあなたのほうがうまい」とか「あなたのほうが良かった」みたいなことは子どもたちに言わないで育ててきました。

 

それは難しいことでもあります。「あなたなんか、全然できていない」と言いすぎてしまうとよくない。

 

勉強面でも何人受験して何位と順位が出てしまうので、そこでやる気をなくしてしまう子もいます。

いろいろな模試などを利用して「こんな難しい問題も出来る子がいるんだね」という風に持っていけるといいのですが。。。

 

 

どんなテストでも100点を取るって難しい

 

これはうちではよく私が子どもに言っている言葉なのですが

「どんな問題でも、テストでも、100点というのはすごいことだ。簡単ではない。すごいことなんだよ。」と言っています。

どういうことかというと、学校のカラーテスト。あれでも100点を取ってきたらきちんと褒めます。

本当は学校のカラーテストは中学受験をする子にとっては100点が当たり前です。あれで100点を取れない場合は親は内心「うそ、どうしよう」と思ったほうがいいです。

 

カラーテストじゃなくて、オリジナルのテストだったとしても基本的に100点でなかった場合は原因はきちんと調べるべきです。

 

ですが。そんな簡単なはずのテストでも、「100点」は価値がある。簡単なはずだからこそ価値があると思います。学校のテストだからって、100点取って当たり前なんだから褒めない、ということはせず、同じことに聞こえるかもしれませんが、「今のあなたなら、当然できるはずだけど、それでも100点て難しいよね」と言うようにしています。わかりにくいですかね、意味の違い。。。

 

簡単でも間違えることってあるじゃないですか。一般的にいう凡ミス、ですね。私は凡ミスという言葉が嫌いで、凡ミスやうっかりミスなんて無い。だって1+1は絶対に間違えないんでしょ?じゃあミスには原因があるよね、とよく言うのですが、それでもあるじゃないですか、単純な凡ミス。だからこそどんな簡単なテストであってももし満点が取れたらそれは、「努力の結果が表れた」ということなので、褒めることにしています。

 

学校の漢字テストでも、うちも学年相当の漢字を普通に間違えたりします。逆に熟語書いたりとか。

そういうときには原因をしっかり確認し、だからこそちゃんと満点が取れたときは「よく頑張ったね~」と褒めるようにしています。そして「満点を取るって大変だったでしょ?わかっているから、簡単だからって取れるもんじゃないよね。」と毎回話します。子どもは「うん、うん」となぜか嬉しそうに聞いてくれます。「そうなんだよ、わかってても間違えちゃうことってあるからさ~」と。その気持ち、私たち親もわかるじゃないですか。だからそういってあげると子どもは「お父さん、お母さんてわかってくれてるんだな」と思うのかもしれません。

 

 

学校の宿題でも同じ

学校のテストだけではなく、宿題も同じスタンスでいます。現にけっこう学校の宿題ってめんどくさかったりするものもありますし。なので、「学校の宿題でも、手を抜かずに頑張っているあなたは偉い」というスタンスに私はしていて、基本的にはおだてています。

 

急いでやりすぎて、2桁+2桁の足し算を間違えていたりして絶望「おーい、公文Iをクビになるんじゃないの~~」とか突っこんだりはしていますし、あまりにいい加減にやっていると「しっかりやらないと意味ないよ」と叱ったりもしていますが、なるべく褒めるポイントを探すようにしています。

 

たぶんですが、学校の宿題でもできないと癇癪を起こしてしまう場合は、本人があまりその意味を感じずに「できて当たり前」と思いすぎている面もあると思いますので、「学校の宿題も、丁寧に。簡単だからこそ大切に。」というスタンスを出して、「今日はこんなに綺麗に書けたね」とか「今日はこんなに早く丁寧にできたね」「お、全問正解じゃん」とか「できたことはすごいんだ」と思わせることで「できないものがあっても、そのときしっかり覚えればよい」「そのときしっかり理解すればよい」という風に本人も思えれば、出来ないから癇癪を起こすことも減るかなと思います。

 

めんどくさくて、やりたくない場合。。。。これは厄介ではありますが、「めんどくさい」という気持ちには共感しつつ、「でもさ、やはり宿題はママはやるべきだと思う」などと私はそこはあえて一般論の「宿題はやるべきものだ」じゃなくて「ママは」「うちの家は」という主語にしてしまっていいと思います。

我が家の場合も「ほかの家がどうであろうと、我が家では宿題は必ずやる、ということに決まっています。」笑い泣き

「ママの中には「宿題をやらなくていい」という選択肢はありません」と公文でも学校のことでも言い切って育ててきました。なんというか、我が家のルール、の1つですね。洗濯物はちゃんとカゴの中に入れる、みたいな?(洗濯物のルールって各家で違うけど、ルールありますよね。そういう感じです。いただきますを言う、だと当たり前すぎてどの家も同じかなと思うので、もうちょっとマイナールールだけど、大半の家が何かしらルールがある、というようなもの)もちろん、満点の時と同じで、学校の宿題であっても、癇癪を起こしていた子が起こさずできたら褒めます。「今日はすごく積極的にできたね」「今日は一人で何も言われずできたじゃん!!」というように。

 

とりあえずルールにしていると、とりあえず「やらない」という選択肢が無くなるので、勉強をさせるという面ではそこまでうちは苦労がなかったように思います。

もちろん、兄のほうは机に向かっていてもすぐ宇宙と交信していて、ぼーっとしていましたし、オンラインを見せると裏画面でゲームやってたりするので見張っていましたけど、とりあえず「勉強はするもんだ」みたいな刷り込みだけはあったと思います。なので何をどれだけやるか、というのを細かく設定すればある程度は小学生のときは勉強を強要することはできましたね。中学生以降は少しずつ手を放し、「困るのは自分」という状況になっていますので高校生の今は内容はほぼノータッチです。

 

いろいろと話しがいつもそれてしまって、申し訳ないですが、いろいろな方に質問をいただいたりしていたので何かしら参考になる部分があれば幸いです。参考というのもおこがましいのですが、そんな家もあるんだなー、程度で。

 

ちなみに、兄のほうは1月2日のお正月まっさかりもオンラインで東大式オンライン個別「スタディコーチ」に取り組んでいました。お相手してくださる先生にも感謝。

相変わらず本人間抜けなことをやらかしていたようですが、親側にも報告書がくるのでありがたい。。。。

またその日のことも書きたいと思います。

 

 

 

 

 

コンパクト版が出ました、持ち歩きに便利。私は絵が集英社が好きです。

中身にもいろいろあるのですが、好みは集英社。ただし、お子さんに絵の好みで選ばせていいと思います。