なにもない木に色がつく。


新しい季節を告げる、モモ色の使者。


何かあるわけでもなく、何かをする訳でもなく。


ただただ、そこに佇んでいる。


まるで見守るかのように。





1つの固有名詞しか持たないその木は、それぞれが名を持たず、それぞれの場所で、それぞれの色で咲いている。


自分の意志ではなく、お天道様に自らの時間を預けて。


短い時間(とき)の中で、何を見て、何を感じて、何を想うのか。


そんな事分かるのは、その使者のみだろう。



ただ、それでもなにを感じたのか、思い、感じることは出来る。





そんなヒマはない。


そんな余裕はない。



誰かはこう言うだろう。



なら、人の気持ちも汲めないだろう。


考えること、想うことを放棄するというなら。



モモ色の使者より長い時間を与えられた、自分たちが「イマ」という時間(とき)を捨てるなら、拾い集めて、繋ぎ合わせて、時間を共にしたい。


そんな事が許されるのであれば。




出来ないなんてことは、多分誰よりも自分たちが分かってる。


それなら、自分たちに残された答えは1つ。



「今という時間を他の誰よりも精一杯目一杯生き抜くこと」



それを許された自分たちの唯一の武器だろう。





次の春を待ちわびて、これからの季節を巡る。