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高校野球の時期になると思い出す。

小学校の同級生にたつみ君という子がいて、私はずっと羨ましかった。

身体能力が半端なくて、からだがバネのようなのです。

「おーい! たつみー! 見てるかあ?」

まあ、見てないわな。

でもどこかから高校野球は観ていると思う。

私とは違う錆びで観ていることでしょう。


私は小1から硬式野球をしていましたが、まったく芽が出ませんでした。

そのチームに同級生のたつみ君が小5から入ってきて、あっという間にエースピッチャーになりました。

6年生のエースがいたのですが、あっさり主役交代。

身体能力が違い過ぎました。


学校の昼休みにソフトボールをするのですが、たつみ君が打つと体育館の屋根にボールが乗ってしまうのです。

ソフトボールをそこまで遠くへ飛ばせることが理解できなかった。

態勢を崩しながらでも屋根に運んでしまうその姿は、野球漫画のようでした。


私たち補欠はレギュラーと親しく話せないムードがあるのです。

ましてやたつみ君はエースピッチャーで、格が違い過ぎました。

でも学校では同級生なのです。

不思議な関係でした。


日が暮れると洗面器にお風呂セットを入れて銭湯に行くのです。

たつみ君は回数券で私はその都度お金を握り締めて向かいます。

彼の家はお風呂がないのです。

L型に並ぶ長屋の角の家でした。

私の家はお風呂があったので、わざわざお金を払って銭湯に行くのは「遊び」にあたるわけです。

毎日は行かせてくれません。

風呂上りに「マミー」を飲みたいところですが、そのお金は持たせてくれないのです。

たつみ君は毎日のことだから、牛乳やサイダー、マミーが並ぶ冷蔵庫の前で平然としていられる。

しかし、私にはきつかった。

だからといって私だけ飲むわけにいかないから、たつみ君と一緒に銭湯に行く以上は、永久にマミーは飲めないのです。


神様はイタズラ好きだなあ……


たつみ君はかなりのイケメンなのです。

背もほどよく長身でスタイル抜群。

そんなたつみ君は中学生になり色気づいたのです。

少年野球は坊主頭。

イケメンのたつみ君はあっさり野球を捨てました。

中学生になると卓球部に入ったのです。

練習している姿を体育館の低い位置についている窓から女子がのぞいていたっけ。

男ならモテたい。

でも彼なら慌てる必要なんてなかったと思うのです。

坊主頭が嫌というだけで野球を捨てるか?


子どもの話なんてどこまでどうかわからないから、今から思うと坊主頭が理由じゃないかもしれない。

野球を続けるのも色々大変だったのかもしれない。

金銭的なことかもしれないし、親が関われないことがネックだったかもしれない。

理由はわからないけれど、彼は野球を捨てたのです。

野球を捨てたというよりも才能を活かさなかった。

ひょっとすると、才能に気付かなかったのだろうかと思うこともある。



高校野球を観るとスタンドの応援団がテレビに映ることがあります。

名門校だと部員が100名なんて話もザラ。

控えの選手としてベンチに入ることすら叶わない部員がたくさんいるのです。

「参加することに意義がある」

「根気よく続けることが素晴らしい」

「ひとつのことをやり通すことが大事」


そうだろうか……。

高校野球の時期になると、スタンドにいる部員やベンチにいる控えの選手を見てそう思います。


名門校のレギュラーとなると相当レベルが高い。

補欠が定位置になった選手がちょっと努力したくらいで下剋上はあり得ない。

しかも補欠は雑用が多くレギュラー以上の練習をすることが難しい。

全寮制の野球部ならさらに自由な時間はなく、元から持つ身体能力だけで勝負することになる。

抜け駆けは不可能。

ごぼう抜きも無理。

それでも続けることが正しいのだろうか。


私に男の子がいて、高校野球で甲子園を目指したとして、もし補欠が確定したらスタンドの応援要員にまわる前に「野球はあきらめてはどうか」と言うかもしれない。

もちろん高校生にもなる男の子が親の言うことを素直に聞くとは考えにくい。

しかしモノは言いようで、魅力的な道を必死に探して息子の目の前にぶら下げるかもしれない。

続けることも大事だが、才能の有無を判断することもまた大事。

子どもは「何か」あるはず、「何か」を持っているはず。

何の才能もないなんてことがあるだろうか。

もし、何かあるのなら、スタンドで応援している時間がもったいないと私は考えると思う。

才能溢れた球児たちをさらに盛り上げるために高校3年間を過ごすことにどんな意味があるのかと思ってしまう。

大人たちは子どもを使うのが実に上手い。

凡人を利用するのが上手い。

どんな世界も裏方が必要で、それは高校野球も同じ。

色んな意味でたくさんの裏方が必要なのだ。

その裏方に甘んじることに妙なほど口実が用意されてあり、説得力抜群で、しかもマイノリティに身を置くことに慣れていない凡人に選択肢を与えない教育がある。


「この3年間の経験がきっと将来この子の役に立つ」と唱える指導者に逆らう親なんて滅多なことで現れない。


小1から芽の出ない野球を続け、かなり遅いタイミングで途中参加してくる同級生たちにあっさり抜かれる悔しさに耐え続け、自分にはどんな才能があるのかなんて考える知恵もなかった私は高校野球を観る度に考えてしまう。

「すぐに応援席を飛び出して自分探しをするべきじゃないのか」と呟く。

子どもにそんな知恵はないだろうから、親が才能の有無を判断し、どこかにあるだろう才能を急いで探すべきじゃないかと。



才能を伸ばせる時期なんて限られている。

大人になって大勢が決まってしまう前に見つけてやりたいと思う。

そして、気づかせてやりたいと思う。

「社会も同じ仕組みなんだ」と。

様々な分野で活躍する才能に溢れた者たちが、凡人を上手くのせて利用することで社会は成り立っているのだと。


だからこっちも見つけないといけない。

簡単に見つかる者がいるから自分には何もないと勘違いしてしまう。

そんなことはない。

探しにくいだけで、きっと何かある。

自分探しに根気を出せと、根気を出すのはそこだと。

教えるのではなく、気づかせてやりたいと思う。



才能に溢れたたつみ君と、まったく才能がない私。

どちらも野球の道には進まなかった。

2017.8.17

桜井信一

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