気力、体力がついていかず、なかなかみなさんのブログにも訪問できずにいます。
先日、さくらの四十九日の法要が無事に終わりました。
参列者は3,40人はいたと思います。
さくらの最期の朝、一緒に見た桜の公園には、あれから鮮やかなつつじが咲き誇っていましたが、今はもう青々としています。
季節はどんどん過ぎていくのに、私の時間は止まったままです。
さくらの物は、新品を中心に保護団体に寄付して、
使い古したものは捨てられずにそのまま置いてあります。
さくらがいなくなった家は、しーんと静まり返っていて、ここはこんなに静かなところだったんだと改めて驚いています。
にぎやかで楽しかった6年間の想い出は、私の宝物です。
やめればいいのに、毎日膨大な数のさくらの動画や画像を見ては泣いています。
先日、思わぬところからさくらの長い動画が見つかりました。
そこには、小さなドッグランで、尾っぽをちぎれんばかりに振りながら、
うれしそうに私の足元に走ってきて、
私を見上げて何か話している元気なさくらがいました。
そしてまた、「ママ、今度はあっちの方へ行ってくるね」と走って行っては、
うれしそうに私の所へ報告しに戻ってくることの繰り返し。
そんななんでもない動画ですが、私は胸がいっぱいになり、すごく心が救われました。
最後の1年間、わけのわからなくなった認知のさくらを看ていたことで、
元気だった頃のさくらの細かい記憶が薄れていたからです。
さくらは家に来てからほんとに幸せを感じていたのだろうか、尾っぽは振っていたかしらと
いつも心に引っかかっていましたが、その動画を見て確信できました。
さくらは幸せだったんだって。
さくらはいつも私が帰宅する15分前には必ずこうやって玄関でじっと待っていてくれました。
ドアを開けるともう大騒ぎで、さくらと思いきり抱きしめ合ってから散歩へ行く毎日でした。
今は帰ってもさくらがいないと思うと、帰宅の足取りは重いです。
私も家族もあれから免疫力が一気に落ちたみたいで、ずっと体調が悪いです。
今まで4頭の犬と暮らしてきましたが、亡くなった悲しみの深さは、
暮らした年月とは全く関係ありません。
むしろ今回が一番重症かもしれません。
日本人には、赤ちゃんの時から飼わないとだめだと思ってる人が多いように感じますが、
それは全く間違いだと断言できます。
さくらが教えてくれた沢山の大切なことのひとつです。
さくらにお花やメッセージをくださった方々、ありがとうございました。
アメブロがよくわかっていないためにご迷惑をかけたりしましたが、
優しいお気持ちに感謝しております。














