今日は10年以上前の忘れられないお客様について語ります。
あっ、「お客様」というのは、私達さくらの里のデイサービスをご利用頂いているご高齢者様のことです。
デイサービスなどの介護施設では、「ご利用者様」とかシンプルに「お年寄り」とか言う場合が多いのですが、私達は「お客様」と呼んでいます。
と言っても、デイサービスにいらしたご高齢者様に向かって「お客様」と呼び掛けはしません。
お客様に呼びかける時は、苗字さん付で「○○さん」とお呼びします。
業務上の会話の中で、例えば「本日のお客様48名」などという呼び方をしている訳です。
すみません、福祉関係の方にお読みいただいていたら、「お客様」って何のことだろうと疑問に思われるかもと思って、長々と説明しちゃいました。
さて、今日お話しするお客様は、もう10年以上前に亡くなったA様です。
A様については、関わった職員全員の胸に深く刻まれている忘れられないエピソードがあります。
平成13年に、さくらの里で初めて観光バス旅行を行った時のことです。
さくらの里初の観光バス旅行は、浅草に行きました。
バスから降り、雷門の前についたとき、A様がいきなりわっと泣き出したのです。
何かあったのだろうか
どこか痛いのだろうか
その場にいた職員はあたふたとしました。
何しろ初めての大型旅行行事の最中です。
一応事前に、旅行会社にいざという時に病院に行く段取りは相談してあったとは言え、いざ急病人が出たらどう対処したらいいんだろうと、非常に焦りました。
「Aさん、どうしました?どこか痛いんですか?」
職員が声をかけ、背中をさすっても、A様は激しく泣きじゃくるだけです。
これは深刻な状態かもしれない。
その場にいた職員は皆青ざめました。
A様はいよいよ激しく泣きじゃくりながら、何かおっしゃっています。
「…ここに…来られるとは…思わなかった…」
かすかに声が聞き取れました。
「Aさん、どうしたんですか?}
職員が、A様の耳元で、できるだけ低い大きな声で聴き返します。
「…私は浅草の生まれなの…」
予想外のセリフに、一瞬職員の頭が真っ白になりました。
「…私は浅草の生まれなの…ここでは子供の頃、毎日遊んでいたの」
A様はまだ大粒の涙を流していましたが、今度ははっきりとした声で話してくださいました。
なんと、A様は浅草のお生まれだったのです。
浅草は、A様の生まれ故郷だったのです。
ご結婚されて横須賀に移り住んだそうです。
もちろんお若いころは、故郷の浅草を訪れることもしょっちゅうだったと思います。
ご主人が定年された後、60代の頃は、毎月のように浅草に遊びに行っていたそうです。
しかし、ご主人が亡くなり、A様ご自身も80歳近くになると、浅草に行くことは段々難しくなっていきました。
「浅草にはもう10年以上来たことがなかったの。まさか生きている内にもう一度来られるとは思ってもいなかった」
そういって、A様はまたひとしきり泣きじゃくりました。
A様の涙は、懐かしさと嬉しさの涙だったのです。
お身体が痛かったり、どこかが苦しかったりの涙ではありませんでした。
「生きている内にまた来られて嬉しい」
そう言って泣きじゃくるA様を囲うようにして、職員も皆泣いてしまいました。
この旅行を企画してよかった。心から思いました。
ご高齢になるということは、色々なことができなくなるということです。
横須賀から浅草まで電車で1時間ちょっと。そんなすぐに行けるところなのに、行けなくなっちゃうんです。
ご高齢になるということは、色々なことを失うということです。
介護が必要な状態になるということは、色々なことを諦めるということです。
だからこそ、私達が介護して、私達がお手伝いして、少しでも色々なことを取り戻して頂く、少しでも諦めることを減らして頂くことが大切なんです。
さくらの里は旅行行事に力を入れていこう。
お客様が、若いころの思い出を取り戻すために、色々なところにお連れしよう。
さくらの里の一大特色、旅行行事に力を入れることが決まった瞬間でした。
A様のこの思いをしることがなかったら、今ほど旅行行事に力を入れることはなかったと思います。
そして、この時、「諦めない福祉」という私達の理念が定まったのです。