昨日 6月8日(日)早見栄子さんのしのぶ会が 京阪ホテルで行われ出席してきました。
早見さんは2013年9月9日に82歳で永眠されました。
芸歴60年以上の大女優さんでした。
劇団京芸にとっては 大きな大きな存在でした。
この写真の木ように凛として、頼もしく、そして孤高に生きられた方。
劇団員たちを この木のように見守られてきた方でした。
時に疲れたら早見さんのもとで癒され、そして励まされて、またパワーを頂いて帰っていく、本当に大きな木のような方。
大女優さんにも関わらず、上下の関係がなく、どなたでも気さくに「栄子さん」と呼ばせて頂けた方でした。
みんなの精神的な支柱の方。
たくさんの方々に慕われていらしゃいました。
器が大きい方だったので、プライベートでも食べられない役者さんたちの為に食事の面や、住む所のない人にご自分の家を提供されて住まわすなど、早見さんの家はいつもいろんな人が出入りしていました。お酒とたばこが好きで、又食べることも大好きで、いつも食事の時は「美味しいなあ~っ」ていいながら召し上がられていた事を思い出します。
その早見さんの「しのぶ会」が昨日でした。
私と早見さんの関係は、劇団の研究生だった10代の頃からのご縁でした。
私が研究生の頃はもうすでに大女優さんでしたから、話しかけるなんて出来なかったと思います、が、そこは早見さんです。
ご自分の子どものように私たちに接して頂きました。
卒業後に私は辞めてしまったので、ご縁はなくなってしまったのですが、ひょんな事から朗読を早見さんに教えて頂くことになり、またご縁ができました。
会っていない時間は20年以上だったのに、早見さんは私をしっかりと覚えて下さっていました。たくさんの研究生が卒業したのに
。
あれから何年の歳月が経ったでしょうか‥。
私は自分の朗読の路線がみつかり、早見先生の下を離れました。
これも自分の道を切り開く為と思いました。
でも先生は「又いつでも戻っておいで、京ちゃんは京芸の子やから」そう言って頂きました。
今は朗読セラピストの先生に付きながら、自分も朗読セラピストとして歩き出しています。これからもずっと勉強だと思います。
何年か前に先生が乳がんの手術をされると聞き、みんなが先生を激励しに集まりました。
先生のお宅で食べ物を持ち寄り、先生の激励会のはずが、何故か宴会になってしましました(汗)その時に私は『夕鶴』を先生の為に朗読させていただいたのです。
先生の手術が無事に終わるようにと祈りを込めて。
先生は病室にお見舞いに来られる方には必ず「京ちゃんが夕鶴を朗読してくれて嬉しかった」と話されていた事が後から人伝に聞きました。
わたしは胸が一杯になりました‥。
そして昨日又先生の供養にと、朗読を頼まれました。
ご参加されていらっしゃるみなさんは、
国会議員さん、関西の大きな劇団の大女優さん、俳優さん、演出家、脚本家。と関西の演劇界の重鎮の方たちばかり80人の中での朗読でした。
足がすくみました(汗)
ドキドキ、ドキドキ、なんで引き受けたんだろうと後悔する小さい私。
そんな中で「ひび割れ壷」を朗読しました。
読み進んで行くうちに私が読んでいるのですが、自分でなかったような不思議な感覚でした。
自分を俯瞰して見ている私がいました。
そして一流の耳を持った方々が私の朗読に耳を貸して下さいました。
静かな凛と張り詰めた空気の中で朗読が終りました。
私は大きな大きな仕事を終えました。
早見先生は亡くなっても、私にこの大舞台を与えていただきました。
そして早見先生は、亡くなっても大女優さんでした。
早見先生 お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。
まだ先生が亡くなられた実感はありません。
先生の家にいけば、いつもの椅子に座り「いらっしゃい」って迎えてもらう気がします。
私は早見先生のことを忘れません。
そしてこの日も忘れません。
あじさいの花のような美しい先生でもありました。

