母の日に、家族みんなで昔の映像を見た。
…と言っても、最新の動画ではない。
昭和の8ミリフィルムだ。
昔、父が撮ってくれたホームムービー。
後年VHSにダビングしてあったのだけど、気づけば家からビデオデッキが消え、長い間見ることができなくなっていた。
「そのうち見よう」
そう思ったまま年月が過ぎ、今回ようやくビデオテープをmp4化した。
そして母の日。
家族みんなで再生してみた。
そこに映っていたのは、家の前の道路でビニールプールではしゃぐ小さな子ども達。
裸ん坊で水をかけ合い、赤いバケツを抱えて笑っている。
その中に、うん十年前の私がいた。
画質は決して良くない。
ぼやけていて、色も褪せていて、フィルム独特のザラザラ感もある。
でも、その映像には今のスマホ動画にはない温度があった。
木漏れ日。
昭和の風景。
子どもの笑い声。
若かった両親。
そして、もう戻れない時間。
家族みんなで、
「このバケツ懐かしい!」
「この頃の道路って、こんな感じだったんだ!」
「若いー!!」
と大騒ぎ(笑)
映像一本で、一気にうん十年前へタイムスリップした。
昔の8ミリフィルムなんて、当時は特別なものだったと思う。
今みたいに気軽に動画を撮れる時代じゃない。
だからこそ、こうして残っていたこと自体が奇跡みたいに感じた。
そして改めて思った。
記録って、大事。
今はスマホで簡単に動画を撮れるけれど、逆にデータが多すぎて埋もれてしまう時代でもある。
でも、何十年後かに今日の何気ない動画が、誰かにとって宝物になるのかもしれない。
そして今。
うちの子どもは、絶賛・反抗期入口(笑)
写真を撮ろうとすると、
「やめてー」
「今は無理」
「その顔で撮らないで!」
と嫌がられることも増えた。
……分かる。
私だって思春期の頃、写真なんて嫌だった(笑)
でも、うん十年前の自分の映像を見て思った。
やっぱり、“何気ない日常の記録”っていい。
特別なイベントじゃなくていい。
道路で水遊びしている姿も、変な顔で笑っている瞬間も、家族でご飯を食べている時間も、何十年後には全部「懐かしい宝物」になる。
当時は当たり前すぎて価値なんて分からない。
でも年月がたつと、その時代の空気ごと愛おしくなるんだなぁと実感した。
だからこれからも、子どもには嫌がられつつ(笑)、少しずつ写真や動画を残していこうと思う。
きっと、うん十年後。
「あー!こんな時代あったね!」
「若っ!」
「この頃の家、懐かしい!」
なんて笑いながら見る日が来るんだろうな。