ボーイは病気がちな子でした。
小1ボーイは生後からいろんなことが発覚して大変でした
当時はその時できる最善のことをしているつもりでも、今思えば、やっぱり、後悔だらけになるね
ボーイもお姉ちゃんの時も、食べづわりが主で、ボーイの時は、お姉ちゃんの育児も重なり、私は副鼻腔炎になりながら妊娠時期を過ごしていたので、辛かった
出産は、ちょうがつくほど、安産で、お姉ちゃんの時もボーイの時も自宅で破水
破水してから、6時間でお姉ちゃんは出産。
ボーイの時なんて、2時間だったよ
主人もお姉ちゃんも立ち会い出産できないほどのスピード感で産まれたボーイ。
生後数日頃
『臍ヘルニア』発覚。いわゆるデベソといわれるものです。
綿球とテープを使って飛び出ている腸を内側に押し込む「圧迫療法」をしていました。
こんなんで、治るの??と、当時は半信半疑だったけど、他に方法がないからやっていた、感じ。
見かけの問題だけなので、気になるようなら、手術もあるよ~ぐらいの軽い感じで先生から説明されていたので、大きくなったら考えようかなって、思ってたぐらい。
見かけの問題で、いじめやからかいの対象になっても、嫌だからね・・・。子どもは直球だからね
生後1ヶ月頃
ここから少しずつ、母の心配事が増えていくよ
『鼠径ヘルニア』発覚。オムツ変えの時、泣くと腫れるな~と思ったのが最初。ちょうど、1ヶ月検診の時に、先生に相談したら、鼠径ヘルニアと診断されて、臍ヘルニアの時とは違って、大学病院紹介され、相談を促される。
生後6ヶ月
臍ヘルニア・鼠径ヘルニアの手術を受ける。育休からの復職のため、保育園に預かってもらうことも考えていたので、鼠径ヘルニアを放置して、ヘルニアの状態から、おなかの中に戻らなくなる、嵌頓(かんとん)ヘルニアの状態になるのが心配・・・、ということで、先生と相談して、手術を受けることに。
生後半年で全身麻酔をすることになったから、大丈夫だろうか・・・、という心配と、私が復帰する予定の会社から、正社員では雇用難しいのでパートで働かないか、と言われたことが重なったので、母のメンタルはだだ落ち状態だった
産後の疲れている母の脳は、そのおかしさに考え及ばず、ボーイのこともあって、この頃の記憶があまりないよ。
就職活動も併せてやっていたからね。
正社員で働くことから離れられなかったから、ボーイのお世話の合間に、就職活動してた。もちろん、お姉ちゃんの保育園の送迎もしてたしね。
正社員で働き続けることを選んだので、今の自分のキャリアは守れたけど、この時に、パートにしてたら・・・、仕事を辞めてボーイに付き添ってたら・・・、ボーイの成長は変わってたのかな??と考えることもしばしばです
過去を考えても変わらないんだけどね~
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