『北の狩人』(1996年)

秋田県警の刑事・梶雪人は、同じ警官で12年前に何者かに殺された父親の事件の真相を探るべく、休暇を利用して新宿へやってきます。

キャッチバーでアルバイトをしていたJKの杏は、雪人を客として引っ掛けたことで知り合い、彼が警官とは知らずに人探しも手伝うようになります。

杏が事件に関する重要な手がかりをつかんだ時、雪人は杏を東京での住まいに呼び出し、自分が警官であることを打ち明け、事件から手を引くように愉します。

騙されたと感じた杏は、「自分を好きなら抱いてみろ。警官だから抱けないだろ」と挑発的に叫びます

◆◆◆
「抱きてえよ。だが抱かない。それは俺が警官だからでない。お前のことが好きだからだ」
「ーきれいごといわないで」
「きれいごとでない。俺は、お前を子供だとも思ってない。今のお前は立派な大人だ。自分の生き方をまじめに考えてる。だからこそ俺も、俺の生き方に、まじめに従う」
「あたしを抱かないのが、あなたの生き方なの。高校生を相手にしないことがー」
「ちがう。お前と俺は特別だ。俺は秋田から一千ニ百万もの人がいるこの街にでてきて、お前と出会った。一千ニ百万だぞ。そしてお前を好きになったんだ」
雪人はほっとため息を吐いた。
「俺にとって特別な相手とは、特別なときに……したいんだ」
「いつなの。その特別なときって」
「犯人をつかまえたときだ」
杏は首をふった。
「つかまえたら、もう二度と東京へはこないんだよね」
「そんなことはねえ。お前の方こそ、どうして秋田にくるっていわねえ?」
杏は目をみひらいた。
「秋田に?」
「夏の山はきれいだぞ。お前にみせてやりてえ」
「本気でいってるの」
「あぁ」
杏は雪人を見つめた。雪人の目がその視線を受けとめた。確かに男の意志のようなものがそこに感じられる。

「ー信じるよ。でも、朝まであたしはここにいる。そうさせてくれたら、梶くんのこと信じる」
雪人は唇をかんだ。やがて大きく息を吸いこんだ。
「もし、お前の両親が嫁入り前の娘をひと晩泊めたって俺にいうなら、俺は責任をとる」
杏はあわてた。
「ちょっと待って、責任って何のこといってるの」
「俺の嫁にする」
杏は呆然とした。
「何……いってんの」
「それしか俺のとれる責任はねえ。結婚すればいい」
「やだよ、まだ結婚なんかしたくない」
「いいでねぇか、したって。法律的には大丈夫だ」
「そんなこといってんじゃない。もう…どうしてそうなっちゃうのよ!」
杏は泣き笑いの顔になった。雪人は何もいわなかった。ただ笑って見つめている。

「馬鹿!」
小さく叫んで、杏はその胸にとびこんだ。拳で胸を叩いた。ぶあつい、がっしりとした胸だった。
「馬鹿、ばか、馬鹿、田舎者」
雪人の手がのびてきた。傷だらけの指が背中に回り、強い力で抱きしめた。
杏も雪人の背に両腕を回した。
「お前を大事にしたいんだ」
くぐもった声で雪人はいった。杏は何もいわなかった。
ただ腕に力をこめることで、その言葉に答えた。
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胸キュンですね〜(ハードボイルドに似合わない言葉ですが)

シーンは抜粋で省略箇所があります。
全文は是非作品でお読み下さい。