緊急速報を受けた兄が2階から降りてきて、これから寒くなるのにどうしても貼りたいのか、と母に一度だけ訊く。
4枚やりたいけど、薄汚れの目立つ3枚はどうしてもやるから、と言って濡れ雑巾を持ったまま仁王立ちの母。
昨日までエアコン、電気カーペットのおこたでまったりしたまま、転寝大臣を決め込んでいたのに、障子と聞いただけで向田邦子の父に変身である。
兄の切り替えは早く、ワタクシに指令が飛ばされ、1枚貼り、コメリかカインズで買ってきてよ、となった。
そうだよね、そのほうが早いじゃん、なのである。
1枚だとシワになるから嫌、と言っていた母も今回はそれでいい、と貼りたい気持ち優先である。
こんな横3升、昭和レトロの遺物でしかないもんなー、でしょ。
幸い、障子張用のりスティックは2本もある。
早速車で混雑極まるコメリで1枚張りを4枚分購入し、戻ればすでに1枚の障子は破かれ、貼る準備万端となっていた。
居間の窓は全開中なのに、母は寒さを感じないらしい。やたら薄着なのである。
さて、この障子張、意外に手間がかかるのが、枠に残った障子紙の丁寧剥がし作業である。霧吹きしながら、濡れ雑巾とヘラできれいに取り除く。
完全乾燥は省略し、枠にのりを塗る段階になると、さっきまで次の障子紙を剥がしていた母がいない。
どこ行ったの?
まさか、またあれゃってるのか、とキッチンに行ってみれば、ワタクシのお気に入りの野田のホーローで何かを作っている。
そうなんです。
うどん粉でノリ、作ってます、彼女。
やめてー、そのホーローやめて、というか、問題はそこではなくて、のり、あるから。一杯あるから。
一生懸命、ねりねりしている。
おかーさん、のり、あるんだよ。
ほらここ、これ、これこれ。
スティック2本を見せるのだが、そんなのだめ、こっちのほうがよくくっつくの、といってここも向田邦子の父の横顔。
早速どどっと走り、またあれ作ってるよ、と兄にチクりにいくと、いいよ、それも使ってやれば、とあっさり。
毎回、母のやりたいようにやらせればいい、と寛大な父親のようになっていて、騒ぎ立てている己を反省する。
というわけであれやこれやしながら、老人3人で3枚貼り終え、掃除機までかけ終わったのが午後5時。
2人いれば1枚貼りは楽、である。思ったほどシワもよらない。
多分2日後にはピンとし、立派な障子さんとなっているだろう。
明るくなった障子紙を見てご満悦の母は、なぜか疲れと寒さを忘れているらしい。
ワタクシは寒くて鼻水たらたらで、何となく体調が悪化したような嫌な予感なのに、ケロケロの母なのである。
さて、続きの豚の角煮の下茹でをせねばね、と母に告げ、キッチンに戻った。
当然、母も戻ると思っていたのに、10分経過しても戻らない。
またまた一体どこで、何を?
と探しに行くと、外で長靴をはき、障子をはり終えた居間の縁台の掃除に取り掛かっている。
もう薄暗い中、素手で雑巾片手にゴシゴシゃっている89歳、恐るべし、すぎるのである。
今度はそっち?
風邪をひくから中に入ってください、と懇願してやっと縁台を離れたと思いきや、また玄関で寄り道をし、玄関周りの掃除を始めている。
もう暗いし、昨日もやったでしょ、とここもまた懇願して、ようやく母の長い年末モードもスィッチオフとなってくれ、ほっともっとの長い1日であった。