この冬は毎朝、この下の句を空也上人のように唱えながら、起き上がっているような気がする。

 

ここに「手をのべて」もつけたいところだが、手をのべたい人は隣で爆睡しているので視野にいれないようにし、起き上がりこぼしのような動作を繰り返つつ、荒い呼吸を整えて朝を迎え撃つ。

 

「手をのべて あなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が」

 

河野裕子が最後に残したこの一首は、もう限りなく短歌の領域を超えているとつくづく思う。

晩年は闘病を背景にした歌が多いが、学生時代は叙事詩のような短歌も多くて、私の好きな歌人の頂点をずっと守り続けている。

とにかく、この壮絶な一首は一度詠むと、忘れられない。

河野裕子の21文字、これは短歌というより、読み物に近い。

一首で数ページの物語を読んだような気さえして、時が過ぎてゆく。

 

因みに、ワタシが10代の頃、最初に覚えた歌は額田王の

「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや君が袖振る」

という、まさに歌のようにリズムあふれる一首であるが、それ越えの「息が足りない」なのである。

 

短歌的には、昼時になるとようやく穂村弘や東直子、小島ゆかり、あたりまで許容範囲が広がり、ちょっと調子が良いと岡田大嗣までどーんと舞い上がってみたりする。

 

新鋭歌人たちのアドバルーンのごとく彷徨する歌を味わいながら夕暮れに突入してくれると嬉しいのだが、大抵は笹井宏之あたりまで下ってしまって、とりあえず、おいしい夕食で胡麻化そう、となるのであった。