雑菌と暮らしているから、と先日バイト先の社長夫人に言われた。
私の体調がよろしくない、というような話をちらっとするたび、65を過ぎたばかりの夫人に必ず健康自慢をされるのだが、その健康の素は「雑菌」と暮らしているから、ということらしい。
うーん、確かに彼女は社長夫人にしては、外見をあまり気にせず、なおかつ内側も気にしていないようである。
月曜日の社長の半径50㎝は臭気が独特である。
これは多分ホームレスさんが持っているあのすえた臭いではないかと思い、バイト仲間に話しをふると、誰もが待ってましたいというように「臭気曜日」
について話し始め、以下同文のような会話になる。
ああ、私は人並みであった、小姑のような重箱の隅をつつく女ではなかったと、と少し安心する。
しかし、社長の仕事を直で受ける私は、「この臭いはまずいだろう」と被害者Aの気分で1日を過ごす日が最近、かなり多くなってきた。
一度、怖いもの知りたさで社長夫人である奥様に「社長ってお風呂毎日派、ですか?」と明るく聞いてみたことがある。
「えっ、お風呂って毎日入るの?」と奥様も明るく答えてくれたのだけれど、聞かなければ良かった、とすぐに心に暗幕シャッターがストンと落ちた。

「社長はねー、夜遅いでしょ、だからアタシにはいつ入ってるかわからないのよ、でも土日は入らないわね。家でごろごろしてるだけで、人にも会わないでしょ」

月曜日の臭気の原因はこれではっきりしたので、この話を聞いてから、周囲の人々も月曜日の社長に対して限界至近距離というものを意識するようになった。
しかし、社外の人に会うのにちょっとそれはまずいだろう、という話も出て、本人になんとかその事実を認識させる良い方法はないかと臭気レベルが上がるたびに思うのであるが、人それぞれの生活環境であるからそれも難しいような気がする。
人生を70近く生きてきた他人に今更何がいえようか、というようなあきらめである。
ましてや雑菌と暮らすことが健康の素と考えているご夫妻なのだから、お風呂に入って清潔になるのは健康を害するとさえ思っているかもしれない。
社内
の夫妻の座るデスク回りは、ゴミ屋敷一歩手前であることも、健康への一歩であったのかと思えば、勝手に掃除はできないことになり、今や用がない限り踏み込んではいけないゾーンとなっている。

また、先日聞いた、
奥様の友人との電話は中々すごいものであった。
「えっ、病気? 病気なんてしたことないわよ。うちは家族全員(といっても娘さんと3人暮らし)、冬でも夏でもすごく元気。えっ、予防接種? そんなの誰もしたことないわよ。犬と一緒に寝てるからかしら。散歩から帰ると、ベル(犬の名前)がそのままベッドにきちゃってねー、土と一緒に寝てるのよ。そうそう雑菌のお陰で抵抗力がすごいみたい。掃除とかしすぎちゃだめなのよ、わはは」と、とにかく明るい奥様である。
うーん、力が入るような抜けるような、そんな会話。
それ、なるべく自宅でお願いしたいのだけれど、社長夫人はなぜか、毎日出勤しては3つの携帯を駆使し、友人や入会している宗教団体会員様とのお話を普通の声でしゃべるという業務に没頭している。
そんな時間があるなら、もう少し身の回りを小奇麗にし、夫である社長のフォローもお願いしたいところなのだが。

そして、話は雑菌である。雑菌は決して体に良い作用をする菌ではないのだけど、雑菌と暮らしていてもみじろがない健康というのはポイントが高いかもしれない。
てとりあえずは雑菌に抵抗する力があるという基本的な体であるわけだから。

昔、「おいしい生活」というコピーが流行したが、「雑菌と暮らす」、これ、私の今年の流行語大賞決定。