2月の童話
西の空に蒼ざめた月
南向きの窓をあけ
私は捨てられた日々を思い出している
注がれた季節の数を飲み干しながら
カップ一杯の
やわらかな絶望を
左手に受け止めて
四角く区切られた空からは
昇り始めた陽射しのフレア
気配だけはゆっくりと
架空の朝が始まってゆく
リズムを失う靴音と
きしんでたわむタイヤの音
行く先を忘れた老人の
はかなく消えたツブヤキが
薄墨色の月に届く頃
動き始めた日常が
この窓にも滑り落ちる
消えてゆく月の暦をめくり続けて
私を失う2月の不眠
冷たく閉じた日々のために
今日もひとつの真実を付け足して
2月の童話の
ページをひらく
3月の空
眠りから覚めたあなたの
上まぶたに落ちている昨日の夢
風花のように消えてゆく
この日常をいとおしむ 手のひらで
3月の空いちめんに 散り始めた
菜の花の波が揺れている
草の香りは春を告げて
再び やわらかな花を
咲かせるのだけれど
私の手のひらには
いくつもの涙の形がにじんでいる
ここは
どこなのだろう
目覚めるたびに あなたの
眠るその場所を
視床下部の糸でたぐる
確かめようと のばす指
触れて 満ちてゆく 一瞬の香り
あなたを見送るその場所で
幾つもの夢の束はリセットされ
私は
ゆっくりとまぶたを開く
傷口を癒すためだけの
3月の空を見上げるために
8月の空
自由形の夏雲からのぞき見える
アタシの波浪
細く長く、吐ききるための
ストロウみたいな深呼吸
何度も何度も繰り返し
アイの形に切り取った
あなたの横顔を
空の片隅に貼り付ける
カラカラになった頭の奥から
アタシの記憶がとろけだす
真夏の朝の蜃気楼
絵日記みたいに塗り重ねた
遠い記憶を呼び戻し
草色の夏に横たわる
フラスコ状の夢のパノラマ
こんな8月の美しすぎる水色の空
見上げるだけの幸せが
たったひとつ残されていて
アタシの心にあふれ出す
8月の空につながる
あれは多分はじまりの言葉
魔法のようにとけだした
あの夏を迎えに行くための・・・
6月の空
幕が上がって見上げる6月
糸状にからみつく
雨みたいな感情を
水たまりに落としていく
ひとりきりの時待ちの空
ほどきかけた靴ひもの
結び方ひとつで変わる今日の運命
交差点の向こう側で佇む
どちらのワタシに会いに行こうか
無口な恋人たちが
人差し指で写し取る
1秒先の確かな未来
真珠色に染まるアジサイの
首筋からたどる雫の
一瞬の記憶
移ろい変わる約束だけが
残されて
季節は再び回り始める
6月のはじまりの雨は
いつも優しくてせつない