昨日あった墓標
美しく刻まれた
名前をひとつひとつ読み上げて
線香のいくつもの筋に流されて
あなた達を迎えに行く
間際の人の瞳が 澄んで
それはそれは遠い昔を
まるで今朝の出来事のように
語るのだ
あの夜
天に伸ばした手のひらを
見つめていたあなたの瞳は
何を見ていたのだろう
ただ眠ったまま
時を重ねたあなたの
薄くなった爪先を切りそろえ
記憶の中に その形を刻んでゆく
もうすでに私達の足元は暗く
歩き疲れて佇んでいる
選び損ねた運命も
あるはずだった道標も
ただ空を切る時間の破片でしかなかったと
あなた達がささやいている
あと わずか
残された日々は
それほど 重くはないだろう
鼓 動
夜のホームには
沢山の
鼓動が響いていて
ひいてゆく汗のひとつが
背中の真ん中あたりで
突然停止したりする
無表情に見つめている
携帯の青白い輝きから
誰かの鼓動が
足下に転がり落ちて
ホームの下に消えていく
見知らぬ人の
野辺送りみたいに広がって
小さな輪廻をくり返す夏の夜
線香花火の
最後の滴が
魂の形に地面に落ちて
私達も消えていくのだろうか
いえ
消えてゆけるのだろうか
あなたの寝息が不意に聞こえて
慌てて乗り込む
ほたる火の電車
帰り道を忘れた
沢山の鼓動が
一斉に揺れて
同じ夜を迎えにゆく
その扉
運命線に沿って走る
電車が見える金曜日の朝
4F待合室
存在を消したように
俯いている
見知らぬ人の丸い背中
優しい色の椅子にもたれ
時間と孤独にうずもれたまま
つなげた記憶を埋め込んでいる
クリーム色の扉に吸い込まれた
老人の曲がりくねった人生を
私は閉じた視線でたどってゆく
スライドされた扉から
訊けなかった言葉をいくつも抱えて
彼らは再び元の位置へと戻されるのだ
切り刻まれた感情を今日も重ねて
待ち続けているのだ
違う扉が開くことを
4F待合室
番号札28番
名前のない私は
戻れない部屋の扉を叩く