2023年7月〜第二子不妊治療開始…

→2023年12月10w1d流産悲しい(きーちゃん)
→KLCでBT6 HCG 42 継続率83%
→2024年6月8w6d流産
悲しい(あずきちゃん)
→抗リン脂質抗体が弱陽性。不育症確定。
KLCにて陽性、継続率85%
2025年7月
8w2d稽留流産(Pip)
→両角レディスに転院、PGT-A



こんにちは☀︎


Sako*ですꕤ*。゚





15回目も化学流産という


もはやお決まりコースで終結。真顔





そろそろ未来予想図を書き換えないとなー


と思っています。





そもそも、7年弱、15回も移植を続けるまで


執念に近い、私の子ども欲しい願望。


(いや、執着か…真顔)



なぜ、そこまで強いのか


普通、3回も流産して


15回も移植して


それでも諦めずに立ち上がるって


どんなメンタルしてるんだよ


って思いますよね。




普通だったら、


流産一回したあたりで


移植6回連続でダメだった時点で


2年間不妊治療に浸かった時点で


保険診療回数分が終わった時点で



いろーーーーーんなタイミングがありましたが



普通の人であれば


そのどこかでもう諦めているであろう。





それでも鋼の?w


メンタルで前をなんとか向き直して


ここまで突き進んできた私。






なぜそんなに?



と、自分でも本当に思うんですw











自分でもね、不思議でしたが


ふと気付きました。



未来予想図




と言えば聞こえは良いがw


要は、私の人生プランが


そもそも子ども3人いる前提で


ここまで生きてきてるんですw






子どもが3人、せめて2人いると


信じて疑わなかった


私の人生設計図。





まず最初に狂ったのは最初の結婚相手。



まさかのこともいらない発言を、



結婚5年目に告げられました。





もちろん、結婚する時に


子どもは3人は欲しい、と明言して


相手も、もちろん快諾の上の結婚。




それが、今はまだ、と待たされ5年。


最後は気が変わったと。





びっくりですよねーw




そんなことある?詐欺じゃんw









まあ、そこでね、


黄金の妊娠期をまず逃したわけです





それでも私の3人子どもプランは


もちろん変わらず、



3人子どもを得るには、という条件のもと


そこからの人生を歩み、


そこからは1秒も時間を無駄にすることなく


妊娠、出産に向けて


ガンガン頑張り続けてきました。




もはや、不妊治療できることが幸せでした。


以前の結婚では、


妊活すらできずに5年を過ごしたので…









それから7年、いや8年?


不妊治療を始めて6年。



子ども3人の夢を捨てきれず


頑張れば頑張るほど


その夢は大きくなり、


近づけば近づくほど、


その夢はどんどん具体的になり、



そして、絶たれる。


また次への期待を胸に


頑張る…



6年間それで生きてきたので



子ども3人の夢は


もはや巨大化しており、


私の人生設計図は、


もはや、未来予想図ほど、


現実的になったのです。









ところが、そうすると、


予想図ほどはっきりと見えてしまうと、


なかなか捨てづらい。





予想図だからね、


こうしようあーしよう、と


もう具体的に色々決めちゃったりしててw













だから、それを書き換えない限り


私は諦められず、


執着を手放せず、


別の人生を受け入れられない、


と思うのですね。









そろそろ、そんな未来予想図を


書き換えしていかないと。


と思ってます。





どう書き換えるかって


ふわっと思ってるだけだけど、



Jellybean 1人の3人家族でいるメリット、


楽しみ、喜び、


だからこそできること、


2人子どもがいたら出来ないこと、


そんなことをたくさん思い描いて



3人子どもいるよりも


素敵な未来予想図を描くこと




そうすれば、


この執着から


逃れられると思うんだ。





これから少しずつ、


育てていこうと思いますクローバー