社会が(一見)連続的に発展するためには、
組織社会が築かれる必要があることはその通りだと思う。
本来組織には、階層があり、教育のシステムがあるものだ。
そこに時間軸が加われば、事実は非連続な発展でも、
ほとんど無視できるくらい連続に見える。
ただし、これはあくまで平均での話だと思う。
日本では、「新卒」だったり、同期だったり、
時間軸を非常に重宝している。
それ故、成長バッファが時間軸という制約に縛られる場合がある。
たとえ話でいうと、
「3年目だから、○○までしか昇進できません。」
というような類。
これは、確立された組織ほど起こりうる。
そういうもんだと思う。
「3年目だから○○まで」
というのは、正しい確率の方が高いから今もまかり通っているのだろう。
ただ、確率での話なので、優秀な人材はドロップアウトしてしまうのも事実。
結局は周りと比べ、同じ指標で図られるのが堪らないとかそういうことなんだと思う。
表題に書いた負の側面について。
これはもっと重大な話。
組織社会が生み出す教育上の最大の負の側面は、
「精神的師弟関係の欠如」
だと僕は考えている。
部長が課長を育て、
課長が係長を育て、
係長が平を育てる。
そのルーティンが、精神的師弟関係の必要性を無くした。
組織社会は、物理的な師弟関係を有無を言わさずに可能にする。
かつては、精神的師弟関係から物理的師弟関係を築いていたのだから画期的変化だ。
でも、それは成長の吸収力を奪うという意味では問題だと思う。
今、僕が弟子入りしている経営者の方々は、
精神から入っているからなお更それを感じる。
精神から入るという意味は、楽とか、好きとか、そういう話ではない。
ここで学ぶことの意味を十二分に感じれるかとか、
それ以上に直感的なものかもしれない。
もちろん、関係の上で痛いことも言われまくる。
精神から入れる師弟関係を持てる会社があれば、
その会社は強いだろうな。