先日のプチ感想でも少しだけ書きましたが、ナイスコンプレックスさんの舞台

「キスより素敵な手を繋ごう」を観てきました!

 

 

作/演出:キムラ真さん
音楽作曲:橋本啓一さん
振付:美木マサオさん

 

滝川英治さん 西丸優子さん
阿澄佳奈さん 富田麻帆さん 八坂沙織さん
梅田悠さん 影山達也さん 足立英昭さん
萩原悠さん 早野実紗さん 濱仲太さん
小野寺丈さん

 

登場人物は、滝川さん演じる短期記憶障害のある元刑事の裕樹、西丸さん演じる下宿屋のおかみ玲子、八坂さん演じる玲子の娘の沙耶、下宿の住人として、阿澄さん演じる作家の由美、富田さん演じる由美の妹である一恵、萩原さん演じるパソコンオタクの聖也、影山さん演じるバントマンの静流、後に下宿の住人となる梅田さん演じる演劇の世界に生きる明菜、足立さん演じる沙耶の交際相手である敦士、早野さん演じる裕樹の部下の刑事の麻衣、濱仲さん演じる脱獄犯の赤沼、小野さん演じる玲子の兄で裕樹の上司である健太郎、という12名です。

 

この作品は、公式サイトで事前に大まかなストーリーや世界観を確認することが出来るのですが、そこに書かれてあった「極度のストレスにより一日しか記憶を保てなくなった刑事とその夫を支え愛し続ける妻の物語」という言葉に凄く興味を惹かれていて、舞台が始まって「一日しか記憶を保てなくなった刑事」という言葉がずっと頭にあったのですが、とある事実が分かった瞬間に、いや、これは事前に頭に入れた予備知識は一旦捨てて、頭の中を真っ白にして観た方がいい、と思い、その瞬間から心と頭を透明にして舞台上に意識を戻しました。

 

と、一旦、上に書いたことは置いておいて、舞台は、家のリビングから始まりました。広いテーブルに座る一人の若い女性。と、ほどなくドタドタと誰かが階段を下りてくる音が聞こえたかと思うと、慌ただしくリビングに裕樹が現れ、誰かを探すようなそぶりを見せます。そして、椅子に腰かけた若い女性を見つけ、思わず駆け寄って、今世紀最大の告白でもする勢いで自己紹介と一目ぼれをした、とぶっきらぼうに告白し、女性は私もあなたを愛しています、と微笑みながら返すと、奥の台所から下宿屋のおかみが出て来て食事が始まり、そこから時間が動き始めます。

 

そこから毎日繰り返される日常。テーブルに座る女性に告白し、それに愛しています、と答える女性。この時に、ちょっとだけ違和感というか、その女性の言葉にセリフ的な、言い方が変ですが、分かりやすく言えば劇中劇のセリフを聞いているような感じを受けたのですが、すぐにそれは頭から離れて、また舞台に意識が戻されてしまいました。

 

時折、リビングに通りかかる下宿人たち。舞台の上には0から9までの大きな文字が吊るされていて、それらのいくつかにライトが当たり、2016年とか、2011年とか、今のリビングでの日常が西暦何年での出来事なのか、というのが分かるような舞台セットになっていて、下宿屋の住人が出揃うと、そのリビングの日常は過去に遡って行きました。ストーリーが進むにつれて、それぞれの住人がその下宿屋に来た時の様子や、いろいろな事実、事情などがだんだんと分かってくると、時間が遡る前には何気なく聞いていた言葉や行動に理由が見えてきたり、その意味が分かってくるようになって、ますますストーリーに深く入り込んで行きました。

 

時間軸が遡って行くうちに、劇団を主宰している明菜という女性が、昔、由美が書いたという絵本を舞台化したいと、下宿屋にやってくるシーンがあります。その言葉にあっさりと承諾をする由美。話を聞いて即答で話を断わり怒り出す一恵。一恵がすごい剣幕で起こり始めた理由はすぐに分かりました。由美も、1日しか記憶を保つことが出来なかったのです。一恵が今までどれだけ姉のことを思い、どれだけの想いでずっと側で見守って来たのか、それが冨田さん演じる一恵の必死の言葉から痛いほど伝わって来て涙が零れそうになりました。

 

でも、由美は、毎朝、メモに書いてある日記を読んで、両親が死んだ日のことを、自分が記憶を1日しか保てないことを知り、毎朝、日記を読むたびに、自分のために妹が好きなこともずっと諦めて来たことに心を痛めていました。そして、絵本を舞台化するにあたっての手付金として渡されたお金で大学に行くよう妹に言います。阿澄さん演じる由美が、たとえ記憶が日しか保てなくても、どれだけ妹の一恵のことを愛して、その将来を案じて、大切に思っているのかが凄く伝わって来て、次から次へと涙が溢れてきました。

 

私は、この舞台を観始めた時に、事前に公式サイトで観た「一日しか記憶を保てなくなった刑事とその妻の物語」というのが頭にあったので、この、由美と一恵のシーンになった時に、記憶を1日しか保つことが出来ない人物は一人ではなかったことに軽い衝撃を受け、同時に、もしかしたら自分でも気づかないうちに、勝手にいろいろな事を思い込んで観ていたかもしれない、ということに気づき、ナイスコンプレックスさんの舞台は、心の中を真っ白にして観るべき舞台だったと、あらためて、素直に自分が感じるままに舞台を観はじめました。

 

そうすると、自然に、いろいろなシーンをいろいろな角度から観ている自分がいることにも気づき、それまで思い込んでいた関係性が違うものに見えてきたり、舞台は生ものと言いますが、演じる側だけでなく、それは観る側にとっても言えることなんだと、あらためて舞台というものへの深い感動が湧き上がりました。

 

そうやって、心を真っ白にして観始めていると、なにか、もの凄く胸を締め付けられるシーンに出会いました。滝川さん演じる裕樹が1日しか記憶を保てなくなるきっかけとなった、とある事件に関係している人物、濱仲さん演じる刑務所を脱走してきた赤沼が現れたシーンでした。赤沼は裕樹の前に現れるなり、10年前のことを覚えていない裕樹に殴りかかり失神させ、現れた玲子から短期記憶障害のことを聞くと、持って行き場のない気持ちを爆発させるかのように更に大きな声を張り上げます。

 

赤沼は、裕樹が短期記憶障害になるきっかけとなった事件で、妹を亡くしていたのです。裕樹が赤沼を追っている時に、目の前で妹が車に引かれてしまい、それを裕樹が殺したと思い込んでいて、最初、裕樹の目線で観ていたので、殴る蹴るの暴力を振るう赤沼を凶悪な人物として観ていたのですが、裕樹が当時のことを全く覚えていないことを知り、それが裕樹の意志ではなくそういう病気だと知った時の、濱仲さん演じる赤沼の、持って行きようのない怒りと悲しみと絶望が容赦なく心の中に入り込んで来て涙が溢れそうになり、どうしようもなく、心が痛くなるのを感じました。

 

そうして、ストーリーが進むにつれて、だんだんと分かってくる真実。裕樹が毎朝告白していた一目ぼれした相手というのは、本当は下宿屋のおかみ玲子でした。1日しか記憶が保てなくなってから、毎日繰り返される日常。裕樹の記憶は若い刑事だった当時のまま。でも、現実には月日は容赦なく経っていて、裕樹の妻である玲子もだんだんと歳を重ね、ある日、裕樹は玲子ではなく自分の娘である沙耶に向かって告白し、玲子に向かって「(下宿屋の)おばちゃん」と言ってしまいます。

 

その時に取った玲子の行動。それは、娘に、自分の代わりをお願いすることでした。私が最初、この告白の返答のセリフに感じた違和感のようなものは、これだったのです。心からの「愛しています」ではなく、母の代わりとしての「愛しています」。玲子にとっては、自分の昔の姿に似ている沙耶への告白は、自分の告白。自分が裕樹に愛されているという証拠。だから、幸せなのだと玲子は微笑んでいました。でも、私ならどうだろう、って。毎日、毎朝、娘に向かって告白し、自分に向かって「おばちゃん」と言い続ける夫を、何年も見続ける現実。それを、辛さ、ではなく、幸せだと、そう思い続けることが出来るだろうかと、そんなことを思っていると、頬を流れ落ちる涙を止めることが出来ませんでした。

 

そして、下宿屋の住人たちが由美の絵本を元にした童話劇の稽古を利用して裕樹に、裕樹が愛する人は、裕樹が毎日「おばちゃん」と呼んでいる玲子なのだと思い出させようとしますが失敗。でも、そこから奇跡が起きます。きっかけを作ったのは、いつも下宿屋のリビングで挙動不審気味な存在を醸し出していた、極端に人見知りでオタクで人とのコミュニケーションの取り方がめちゃくちゃ不器用な聖也でした。

 

聖也はいつも人を避けるようにして下宿屋でも生活していましたが、そのぶん、もの凄くいろいろなとこ見ていました。しかも、人と上手にコミュニケーションが取れない代わりでもあるかのように、その実、パソコンオタクらしく、いろいろな情報収能力に長けていて、しかも、その情報を駆使しての頭の回転も速く、その口から出る言葉はもの凄くストレートで、由美と一恵の時にも、この聖也の言葉から解決に向かって一気に流れが変わり、今回も、この聖也の行動が奇跡を生みます。いや、もしかしたら、それは奇跡ではなく、必然だったのかもしれません。

 

裕樹にとっての愛する玲子は、毎日告白していた昔の面影のある若い女性ではなく、自分がいつもおばちゃんと呼んでいるその人だと、そう気づかせてくれたのは、手の感触でした。自分の記憶にある手。年齢や顔ではなく、その手の感覚が、自分自身で大切な人をちゃんと認識した時、人の感覚って、想いって、凄いな、と、本当に素敵だな、と、心から思いました。

 

私は、観ている途中で心を真っ白にして観ようと思った時に、観終わった時には自分の心は何色に染まっているんだろう、って、少しだけ思ってたのですが、観終わった時の心の中にはいろいろな色が混じり合っていたように思います。最後、ちゃんと裕樹が玲子を見つけたことに対しての澄んだ空の色、でも、そこに至るまでの玲子の辛さや、強さ、それが自分なら耐えられるだろうか、というような少し灰色のような色、本当に、いろいろな想いが自分の中を駆け巡っているのをとても感じました。

 

この作品は1公演しか観れなかったのですが、もし、2回観ていたら、きっと、最初のリビングのシーンで台所に佇む玲子の姿に、1回目に観た時とは全く違う感情が湧き上がり、聖也を演じる萩原さんの怪演(笑)にも、ちゃんとその意味と意図を感じ、いろいろな人物の会話やしぐさに理由や意味が見えて、1回目に観た時とはまた違う観方、感じ方、感動が湧き上がっただろうな、って凄く思いました。

 

まだまだだ書き入れていない登場人物もいますが、たとえ1公演だけでも観に行けて本当によかったな、って思いました。今回の作品は、劇団員の方の出演が少なかったのが少し残念に思ってましたが、途中、舞台セットの移動などで一瞬だけ舞台に現れてくださり、何名かの方はロビーにいらっしゃったので、声をかけさせて頂けたのが嬉しかったです。

 

余談ですが、私の隣に座ってらっしゃったお客様が若い男性の方で、最初は、あまり泣くと恥ずかしいな、って思ったのですが、舞台の上演中、私より隣の男性のほうがたくさん泣いてらして、おかげで、安心して、感じるまま思いっきり泣くことが出来ました(笑)。と、同時に、男性のお客様が素直に涙を流すことができる作品って、本当に素敵だな、って思いました。

 

ナイスコンプレックス N27 「キスより素敵な手を繋ごう」。1回目より2回目、2回目より3回目、と、観劇の回数を重ねるほど、いろいろな感動が湧き上がる作品で、私は1公演のみの観劇でしたが、舞台上の出来事に素直に泣いて、感じて、そして、自分ならどうしただろう、自分なら耐えられるだろうか、と、自分の心の中まで舞台と同化して行ったかのような感覚になれて、そして、愛するって、信じるって、強いな、と、心から思ったとても素敵な作品でした。

 

出演された皆さま、スタッフの皆さま、そして、劇団員の皆さま、心の中をいろいろな感情が駆け巡る素敵な作品を観せていただき、本当にありがとうございました。