施設で暮らしていた義母が死んだ。

 あと2週間で98歳の誕生日を迎えるはずだったのに、食事を喉に詰まらせ、そのまま逝ってしまったらしい。

 息子である夫と義弟たちが斎場の予約を取り、すべてを進めてくれた。

 義父のときと同様、通夜や告別式はせずに、遺体を荼毘に付して終える。

 夫は、内輪だけでシンプルにやろうと言ったあと、ボソッとつけ加えた。

「アヤちゃんも来るから7人で見送るよ」

 

 おそらく、義母にとって、アヤちゃんは特別な孫だ。

 多忙な親に代わって、連日、保育園の送迎や遊び相手を務めたと聞く。

 アヤちゃんにとっても、義母は親以上の存在だったに違いない。

 自由な子だから、約束の時間を守らなかったり、昼夜逆転生活をしたりと、私の理解を超える面はあるが、素直で優しい女性に育ったのは義母のおかげであろう。

 

「では皆様、お花をお取りください」

 斎場スタッフが、色とりどりの花の詰まった箱をこちらに差し出した。

 これを義母の周りに並べ、殺風景な棺を華やかにするのだ。

 もうすぐ98歳になるとは思えぬくらい、眠る義母は美しかった。

 透明感のある白い肌に、濃い目の紅を差した唇が映える。

 伏せた長いまつ毛の間を、品よく整った鼻梁が伸びている。

 いったい、シワはどこへ行ったのだろう。

 赤、青、ピンク、黄、緑の花々に縁どられ、義母は60代半ばぐらいに見えた。

 いわゆる「おくりびと」の果たす役割は大きい。

 

(写真はイメージです)

 

 義母は、歩けなくなったと同時期に、認知症にもなった。

 身支度ができなくなり、義妹、夫、2人の義弟が順番で介護にあたっていた。

 ときには介護者に悪態をつき、花瓶の水を飲もうとするなどのトラブルもあったようだ。

 そういう経緯もあってか、介護にあたった大人4人に涙はない。

 義母の魂は、ようやく不自由な肉体から解放されたのだ。

 ひと区切りついたと感じているのか、吹っ切れたような表情を浮かべていた。

 すすり泣きをしていたのは、修羅場を見ていないアヤちゃんと娘のミキだけだった。

 

 花が残り少なくなった頃、アヤちゃんがバッグから封筒を取り出した。

 オシャレなカードにありがちな、光沢のある緑色だった。

「おばあちゃんへ」の文字とともに、蛍光灯を反射して、キラキラと光る。

 これを義母の胸に、そうっと置いた。

 義母の喜ぶ姿を想像し、棺を囲む皆の表情が緩んだ。

 

「40分後ぐらいにお呼びしますので、別室でお待ちください」

 スタッフに案内された部屋には、丸テーブルが2つあった。

 私と娘は奥のテーブル席に腰掛け、介護4人組は入口付近のテーブル席に座った。

 アヤちゃんは、迷いつつも私たちのテーブルを選び、静かに着席する。

 何の打ち合わせもしていないのに、介護をした人としなかった人に分かれたのが面白い。

 

 アヤちゃんと話すのは数年ぶりか。

 特に気が合うわけではないが、なんだか猛烈に話したくなってきた。

「手紙、書いたんだね」

「うん。おばあちゃんにはよく書いてたから。書くと頭の中がスッキリするし」

「最後に会ったのはいつ?」

「今年の1月かな。生きてるうちに会いたいと思って、施設に行ってみた」

「コロナになる前だね」

「そうそう。でも、私のこと、わからなかったみたいで、ボーッとしてた」

「あらま」

「でも、それで心の準備ができたかな。これは厳しいって覚悟したし」

 義母と強い絆で結ばれたアヤちゃんがそうなら、嫁の私なんぞ、絶対おぼえていないだろうな。

 エンジンがかかったように、義母の思い出話に花が咲く。

「私はたまにしか会わなかったから、絶対忘れられていたと思うけど、『あんた誰』とか言われなかったなぁ」

「いつもニコニコしてたもんね」

「私の祖父は、自分に子供にも『どなたか知りませんが、何かください』と言ってたよ」

「なにそれ、アハハ」

 よかった、アヤちゃんの涙も乾いたようだ。

「アヤちゃんが子供のとき、よくおばあちゃんとトランプやっていたのを覚えてる」

「ああ、学童から帰ってからだ」

「神経衰弱はアヤちゃんに勝てないって、降参していたね」

「子供は強いから。7並べとかは負けてた」

 あの頃の義母が、ビックリするほどありありと蘇ってきた。

 

「ねえ、おばあちゃんは小さいから、すぐ焼けちゃうんじゃないかな」

 アヤちゃんが予想した通り、予定より早くスタッフが呼びに来た。

 あとは、遺骨を確認し、骨壺に収めて帰るだけ。

「おばあちゃんの骨は、しばらく自分の部屋だったところに置いておこう」

「あそこなら陽が当たるから暖かいね」

 介護4人組が、生前の義母の世話を焼くのと同じ口調で相談している。

 このあとも、納骨などの予定が待っているが、協力し合って進めるのだろう。

 もし、私の両親に介護が必要となったら、義母にしてあげられなかった分まで頑張らねば。

 おばあちゃん、今は安らかにお眠りください。

 

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