11月7日の信濃毎日新聞によると、大天守の構造に使われている木材の一部が、

1596年(文禄5)に伐採されたものであることが市が実施した木材の年輪年代調査で明らかになった。

 大天守の創建年代には諸説あったが、今回の科学的調査により1596~97年にかけての建造と推定され、従来の市の見解より3年遅いという。

 また、大天守脇の辰巳附け櫓は、構造を調べた結果、大天守と同時期に建造されたという結論に達した。

 このことから、初代城主・石川数正の子で当時の城主だった康長が天守を高層階まで短期間で建造したと思われる。

 

 建築史にお詳しいかたならご存じでしょうけれど、安土桃山時代から天守を備えた築城が盛んになり、当時は低層の櫓の上に楼閣状の建造物を乗せた「望楼型」が主であったが、江戸時代に入ると床面積を少なくしながら階層を積み上げる「層塔型」へと移行していったわけで、松本城は望楼型と層塔型のミックスと言えるかもしれない。

丁度、時代の転換期ですしね。

 

 調査は、世界遺産登録を目指す基礎研究の一環で、2022年~24年度に行われた。

この調査は、大天守を含む天守群の柱や梁など43点を対象に実施。大天守と月見櫓の17点で年代が特定できた。

 

 調査に当たったのは、犬山城天守の年代測定などで有名な奈良文化財研究所名誉研究員の光谷拓実さん(年輪年代学)と名古屋工業大学名誉教授の麓和善(ふもとかずよし)さん(建築史)である。

 麓さんに依ると、当時は伐採した木材を時間を置かずにすぐに建築に使うのが一般的だったそうだ。大天守は1階から6階までほぼ同時期に伐採された木材が使用されていることから、短い期間に建造されたことが判る。

 

 更に、月見櫓の木材一点は1626年に伐採されたことが判明し、1633年~38年に松本藩主を務めた松平直政が三代将軍・家光の来訪に備えて増築したという従来の説と違った結果となった。私見を述べれば、増築ではなく、改築だったのかも?

 

 今後も世界遺産推薦書の材料になるデータを蓄積して、認定まで進むことを県民の1人として望んでいる。