私は戦後生まれです。
私どころか母も戦後の人間です。
子供のころは、それこそ祖父母年齢あたりになると戦前戦中を経験した人もいました。
私の幼少期は父方の祖母(祖父はすでに他界)と同居しており
嫁姑関係で母は苦労したようです。
(それはそれと事実として当時も今も受け止めています
)
でも私や妹には優しかったんですよね。「孫には甘い」あるあるですかね。
祖母は明治生まれでハキハキとした人でした。
少々口が悪いというか、思ったこと何でも言っちゃう性格だったのだと思います。
同居してたのは小学校に上がる前までだったので記憶は鮮明ではありませんが
ポツリポツリと憶えていることはあります。
ちなみに私は、祖母派でも母派でもなく、どっちも「家族」でした。笑
(といっても母のほうが比重は大きかったのかなぁ?)
いつも優しく、たいがい何でも許してくれました。
子供の教育をする立場の母は困ったことでしょうねぇ。
だけど食事の時間だけは、厳しかった。
細かいテーブルマナーを言われたわけではありません。
箸の持ち方は多少言われたかな、、、?
私達家族の部屋と祖母(と叔母)の部屋は別であり
毎日食事を共にするわけではなかったと記憶しています。
なので一緒に食事をした場合のことです。
昔は今よりは普通にあったことかもしれないですが
食事中にテレビはつけられませんでした。
あと、会話そのものがダメだったわけではないですが
うるさく、食べることがお座成りになっていると叱られました。
「ごちそうさま」を言うまでは席を立ってはいけません。
「食べられるときは、きちんと食べる」
「あたりまえじゃない、感謝をする」
そのことをよく言われたことを覚えています。
祖母は戦争の話を子供である私にしたことはなかったです。
いや、正確にはゼロではないです。
敗戦後に食べるものが無くて辛かったことを、恨み辛みの言葉ではなく
いかに現代が恵まれていても食べ物があることに感謝を忘れちゃ駄目だと
今思えば割と冷静に話してくれていた気がします。
思い出フィルター掛かっているので正確じゃないかもですが。。
一緒に駄菓子屋にいけば、色々なお菓子が売っている。
それを手にとる私に
「おばあちゃんが子供の時はこんなにお菓子はなかったよぉ」
「いい時代だね」
なんて口癖だったな。
戦争の記憶の無い子供の私には
当時の悲惨な状況、戦争で体験した大変なこと、争うことの無意味さを切々を説かれるより
わたしが生きるために大切なことは何なのか
私の未来に繋がる明確な教えが、とても色濃く胸に残り
きっと今の私を作っています。
(※歴史を学ぶことは大切なことです)
100年満たない過去に、罪のない多くの人間が虐殺された、まぎれもない事実があり
そこでは善悪の区別も曖昧になる。
たとえ、当時を生きていた人であっても
環境・年齢・職業により、同じ背景を背負いながらも
見え方は千差万別だったと考えている。
今と昔では情報の量や質や速度、比較出来ないことも多いけれど
現代でも、国の政治の在り方、社会の風潮の是非など
みんながみんな、同じ意見ではないですから。
正しさって、時代により?人により?違うんですよね。
だけど言えるのは
今を生きる私たちは、未来に向かって生きていかないとならない。
10年前に比べるとあり得ない物価の高騰。
気候は年々不安定になり、夏の気温は殺人レベルになってきた。
地震や台風が頻繁に起こり、そこで多くの人が亡くなることも珍しくない。
命が繋がっても、ライフラインが壊滅すると地球規模で生きることが非常に困難となる。
そして、視野が狭く自分本位で優しくない人間が増えた。
我が国と他国のあいだに物理的な争いは起こっていないけれど
毎日三食の食事にありつけるくらいには困窮していないけれど
太平洋戦争時代とカタチは変われど、決して苦労の無い平和な時代ではない。
人類皆兄弟ですよ。
ギスギスしている場合じゃないのよ、手に手を取らないと終わる時代なのよ。
母がよく言うのですが、知性がもっと発達しレベルが高い遥か遠くの惑星の生命体からしたら
地球など何の価値も無い低レベルな星だろうね だって。
う・・・分かりみがすぎる。
地球生まれの地球育ち、地球推しな私は悲しみで震えます
戦争の犠牲になった多くの御霊への何よりの追悼は
早く地球から、排他的で人の幸せを願えない人がいなくなることじゃないかって
つい思ってしまいます。。
優しい心
をもつ人がたくさんになれば
もっと生きやすい星になる気がいたします
戦後生まれだからこそ、過去から学びとして得たことを未来に生かす。
悼みこそすれ、批判だけするのは違う気がして。
私の中の大事なことを明確にして 生きているたった今に感謝すること。
毎日生きていることが有難いことです。
私ひとりが生きていることは、時代を遡れば多くの犠牲の上にあり
今の今、支えてくださる様々な存在があってこそ。
ゴハンを美味しく食べられること、忘れていないですよ。
今日を迎えられたこと、帰ってこられている多くの御霊に感謝を