10分でわかる妹背山婦女庭訓03「初段」蝦夷子館の段 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

 10分でわかる妹背山婦女庭訓





03

蝦夷子館の段




季節は冬。

蘇我蝦夷子の館に、呼び出された久我之助がやってきました。

天皇が寵愛していた采女の局が内裏を抜け出し、猿沢の池で入水したと蝦夷子が聞いたからです。


久我之助は間違いないと答えました。

この采女の局の事件の落ち度を問われ、久我之助は父の大判事清澄から勘当されていました。


久我之助は蘇我蝦夷子に仕えたいと言います。


蝦夷子は、大判事清澄に勘当を許させて、親子ともに臣下にしてやろうと言いましたが、父は自分の勘当を許すことはないだろうし、もともと蝦夷子に支える気はないと答えました。


久我之助は自分ひとりの奉公が叶わないのであれば帰ると、しずしずとその場を去ろうとしました。


すると蝦夷子は家来の宮越玄蕃と荒巻弥藤次を呼び出しました。

ふたりは突然久我之助に切り掛かりました。


宮越玄蕃と荒巻弥藤次は久我之助がどれほどの武芸の持ち主なのかを確かめるよう言われたのでした。


再び切り掛かってきた二人に、久我之助は庭の飛び石で刃を受け止めました。


その際、御殿の天井の金網が不自然に下がったことを久我之助は見逃しませんでした。

飛び石を元に戻すと天井の金網は元に戻りました。


久我之助はこれは複雑な仕掛けを施した御殿だ、と指摘しました。


ぎくりとした蝦夷子は猫撫で声になると、身内同然になる身なのだから見せておいてもいいだろう、と久我之助に言いました。


久我之助は他言はしません、と言うと悠々と御殿を去っていったのでした。






ひとりになった蝦夷子の一間へ、めどの方が入ってきました。

めどの方は蝦夷子の息子の蘇我入鹿の奥方です。


蘇我入鹿は仏門に入り引きこもっており、今日で百日目になります。

日暮れの鐘とともに、地中に埋めた棺に入って瞑想を始めるということで、めどの方は嘆いていたのでした。


しかし蝦夷子は入鹿のことなど聞きたくないと一蹴し、宮越玄蕃と荒巻弥藤次を引き連れて出ていったのでした。


奥の間から聞こえてくる雪見の酒宴の様子に、こうしている内にも入鹿が命を断つ時が近づいているかと思うと、めどの方は涙を流さずにいられませんでした。


一間から出てきた蝦夷子は、入鹿が本当に心から仏法に傾倒したわけではなく真意があるのだろう、とめどの方に問いました。


蝦夷子が知る以上のことをめどの方が知ってなどいません。

ただ、蝦夷子が鎌足を天智天皇から遠ざけたことに対して、入鹿がこのような状態になってしまっているのだと言いました。

鎌足を陥れ、さらに蝦夷子が天皇の座を奪おうと謀反を企てていることに、どうか止まってほしいと懇願したのでした。


自分が帝位を奪おうと目論んでいることを気取られた蝦夷子、入鹿に渡したという連判状のあり方を知っているのか、とめどの方に尋ねました。


めどの方は知らないと答えました。

しかし蝦夷子は、知らないことはないだろう、言っても殺すし言わなくても殺すと言うと、めどの方を斬りつけました。


めどの方は傷を負いながらも懐に入れてあった連判状とみられる一巻を火鉢に投げ入れました。

火鉢の炎が燃え立ちました。


と、鐘太鼓の音が鳴り響きました。

これが合図だったのです。


大事を漏らされた、と蝦夷子はめどの方を刺して抉り、とどめをさしました。




表から勅使が来訪した旨が伝えられました。

やってきたのはめどの方の父、安倍中納言行主と大判事清澄でした。

安倍行主は、蝦夷子の叛逆の証拠があると、本物の連判状を突きつけました。


動かぬ証拠です。

蘇我入鹿が連判状を直接帝に捧げ、蝦夷子の逆心のことを伝えたのでした。


証拠を突きつけられ、もはやどうしようもない蝦夷子は、自ら刀を腹に突き立てました。

大判事清澄がその首を斬り落としました。


それを待っていたかのように、突然安倍行主に向かって矢が射られました。

矢は真っ直ぐに安倍行主の胸に刺さり、そのまま息絶えてしまいました。


驚く大判事清澄に、庭の築山から現れたのは蘇我入鹿でした。


ぎょっとする大判事。

それもそのはず、蘇我入鹿はすでに地中深く棺とともに埋められていると思っていたからです。


安倍行主を殺した入鹿は、大判事に寄ると、自身の本当の目的を語りはじめました。


父蝦夷子では器が小さく、天下を獲ることは叶わないだろう、入鹿は油断をさそうため仏法に帰依したと印象付けさせたのでした。

そうして引きこもっていると思わせている間に禁廷の宝物庫に忍び込み、三種の神器のうちの天叢雲の剣を手に入れたのでした。


入鹿は大判事清澄に対し、味方になるのらば迎え入れるが、否とするならば安倍行主同様に命はないと脅しました。


大判事清澄は、ここは正念場、と心を決めて低頭平身になり、入鹿を主君と仰ぐ旨を伝えました。


入鹿は機嫌を良くすると、大判事清澄に皇居の中へ案内するよう命じ、宮越玄蕃と荒巻弥藤次を引き連れて内裏へ向かって御殿を後にしたのでした。




04

猿沢池の段に続く


 





 

 

 

 



とよたけ・さきじゅだゆう:人形浄瑠璃文楽
 太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽
公演に主に出演。