石山寺
芝居の「良弁杉由来」で良弁僧正と母の渚の方が奇跡の再会を果たし、良弁は渚の方と暮らしていた志賀の里に寺を作ることを決めました。
良弁の出身地については諸説あるのですが、この石山寺は実際に良弁が創建した寺です。
滋賀県の大津からJRで一駅「石山駅」で京阪線に乗り換えて石山寺駅で下車。
一寺一堂の信仰の中心としてまつられている、仏・菩薩の像や曼荼羅のこと
入山券は600円(小学生250円)です。
道なりに写真と解説を見ていきましょう。
石灰岩は花崗岩による熱編成作用を受け、大理石となります。
その中の一部に硅灰石となるものがあります。
この硅灰石がいたるところに露出しているのです。
これほど大きな珪灰石は珍しく、石山寺の名前の由来になっています。
この硅灰石のそばには良弁由来の桜がありました。
良弁の杖が根付いて育ったといわれ、良弁杖桜と札が立っていました。
珪灰石の横に階段があり、その上に本堂があります。
本堂の中は撮影禁止なので、全体像の写真のみです。
正堂と礼拝堂が合の間で繋がっています。
今の本堂は三代目。
火災で焼失したあと、再建。
その後、淀殿の寄進で改築されました。
合の間の端は「紫式部源氏の間」です。
なぜ紫式部なのかというと、紫式部は石山寺に参籠し、源氏物語「須磨」と「明石」の着想を得たという伝承が残っているからです。
この部屋では他に藤原道長が参籠したとも言われています。
本堂のすぐそばに石山寺鎮守として創建された三十八所権現社本殿がありました。
一間社、流造で屋根は檜皮葺です。
慶長七年(1602年)建立です。
次に目に入るのは高床の校倉造の経蔵。
この高床の下に安産の腰掛け石があります。
この石に座ると安産すると伝えられているそう。
そばには紫式部の供養塔がありました。
次に見えてくるのは多宝塔です。
多宝塔とは
釈迦・多宝の二仏を祀る塔。
石山寺の多宝塔は日本最古のものです。
源頼朝の寄進によるものだそう。
屋根は檜皮葺き。
多宝塔を後に、上へ上へと登っていくと、次にあるのは光堂です。
こちらはかなり新しく、2008年に石山発祥の東レに寄進されました。
光堂のすぐそばに紫式部の像がありました。
下山していきます。
この辺りから本堂までは約15分と看板がありました。
下まで降りると、龍王社がありました。
その先には天智天皇の時代に石切場として使われていた場所があり、ここの石は中尊寺の礎石に使われているそうです。
こうして本堂の裏へと戻ってきました。
アクセス
京阪石山寺駅から徒歩10分
この後は石山駅の近くの喫茶店「伽藍堂」さんで、あんこののったお餅とほうじ茶チャイをいただきました。
アクセス
「伽藍堂(からんどう)」
JR石山駅から徒歩5分
とよたけ・さきじゅだゆう:人形浄瑠璃文楽
太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽
公演に主に出演。
その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中
豊竹咲寿太夫
オフィシャルサイト
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