よく、登場人物に感情移入なさいますか? や、一段語る中ではやはり主人公に感情移入されるものですか? とご質問いただきます。
まだまだ若造の私ですが、そんな私の経験でよければ、どんな感覚であるのかお聞きください。
おそらく、個人差があると思います。

ひとりで全部語る
やはり、多くの演劇との大きな違いはここにあります。
人形浄瑠璃(文楽)・落語・講談・浪曲などはひとりで全てを、全ての登場人物と台本でいうところのト書きにいたるまで、全てを演じます。
そして、演劇として大がかりにほぼ人間の演劇と同じ規模で舞台をこしらえるのは、文楽が唯一といっても過言ではないでしょう。
たくさんの登場人物をひとりで語り分ける際に、それは声色ではなくて「息」で語り分けられます。
これを体現できるようになるまでに相当な年月がかかり、60歳でようやく一人前と言われたりするのですが、有名なエピソードがありまして、とあるお亡くなりになっている太夫さんがひとつの役に感情移入をしてしまい、舞台で涙を流してしまったそうなのです。
舞台から降りて、それを先輩に告げると、おまえはまだまだやな、と言われたそうです。
ここから考えられるのは、義太夫節で物語を語るうえで大事なのは、ただひとりだけに感情移入してはいけないということです。
ひとりに偏って感情移入するのであれば、ひとりひと役でいいのです。
しかし、文楽という芸能はそうではありません。
ひとりで全てを語る、そうすることによって、全体像が見えてくるのです。

文楽は物語を伝えるため、ひとりで全てを語る。

文楽はコース料理である
歴史をたどれば、文楽の起源はお坊さんの説法から発祥しています。
なので、視点は第三者目線なのです。
だから太夫は語り部であって、決して登場人物のひとりではないのです。
想像してみてください。
イタリアンを食べに行った時に、コース料理を頼んだとします。
前菜もスープもパンもパスタも魚料理も味が薄味で、メインの肉料理で突然味が濃くなったら、どうでしょう。
え??なにこれ??と、なります。
逆に、前菜もスープもパンもパスタも魚料理もメインもとても濃い味ばかりだったらどうでしょう。
なんだかお腹がしんどいなあ、となります。
実は義太夫をひとりで語ってお芝居をするということは、抜群のコース料理のバランスを計算して、メインの品が満腹中枢の頂点にくるように、しかし取り巻くお料理でも全力で最高の満足をお届けするということなのです。

全てを主張すると、船頭多くして船山に登る。

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三味線トートバック

義太夫節は、スイーツにも似ている
バレンタインの季節なので、スイーツ手作りに挑戦している方も多いはず!
スイーツは、グラム単位で材料を配合し、秒単位できっちりと調理をしなければ、まずそもそもの基本的な味にすらならないという実は難しかったりする分野ですよね。
感覚的なように思えて、実はとても数学的な料理。
義太夫節もそうなのです。
ぱっと聴いたところでは、きっと感覚的に演技をしたり、節回しをしたりしているのだろうなと感じられると思います。
義太夫節を語るにおいて、とてもたくさんのルールがあります。
それは方程式といっても過言ではなく、ひとつのルールがあって、さらにそれらが派生していくルールがあり、そのルールの積み重ねによってひとつの物語を語るのです。
私たちのような若手は、まだまだその基礎ルールを修練している途中で、パティシエだったら下積みといったところでしょうか、まだそのお店の看板になるような品などとても作ることができません。
もちろん、真似事ならば可能でしょうが、「なにか決定的に違う」「なにか満足感が足りない」「なにか、美味しくない」そうなってしまいます。
これは、スイーツだと、なにかどこかで段階を踏み間違えたか、どこか温度をミスしたか、途中段階の些細なミスの積み重ねで、極上の味には届かない、そんな作り手の感覚によく似ていると考えています。
食べる方には分かりにくいけれど、職人が食べたらどこが駄目か分かってしまう。
また、あまりスイーツを食べない方が「なんか美味しいんじゃない?」と感じても、普段からスイーツをよく好んでいる方が食べると「不味い」と感じる違いにも似ています。
誤魔化せても、本当の美味しさにはならない。
もちろん、食べる方の趣味趣向はあるので、いくら素晴らしいパティシエが作ったスイーツでも、違う素晴らしいパティシエが作ったスイーツの方が好き!という方もいて当然です。
それを加味しても、私たち若手は胸を張って、「メインのお料理です」「こちらが本日のスイーツでございます」とご提供できる、方程式を身体に体得できていないのです。
細かい細かい方程式を身体に染み込ませることで、達人の一歩をようやく歩み始めることができ、その達人は亡くなった方をふくめ、もっともっと極上のお料理やスイーツを作られる達人が山ほど存在する。
それが、義太夫節を語るということだと考えています。

義太夫節を語ってお芝居をご提供することは、緻密なスイーツやお料理でお客さまの気持ちまで加味して満足していただくことに相当する。
とはいえ、戦前までは趣味で義太夫節を語る方がたくさんいらっしゃったというもの。
それはいま、家庭でスイーツを作ってみんなで顔をほころばせることといっしょです。
また義太夫節を趣味にしてくださる人が増えればいいな、と思っています。

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