10分で分かる「心中天網島」あらすじその1【北新地河庄の段】上 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2019/9128.html
国立劇場令和元年九月公演チラシより引用



10分で分かる心中天網島



素肌つるつるセット






その1
「北新地河庄の段」上







 発芽米お試しセット







曽根崎の新地は毎日たいへんな賑わいをみせていた。

流行歌がどこかで聞こえている。
おもいおもいの恋の歌だろうか。

大海のように底の深い遊女の情けの恋。


店々の門行灯の屋号の文字に目が吸い寄せられて足を止めてしまう様子は、関所で立ち止まるかのようだ。


ただ、関所と違うのは、浮かれて歩いている連中の多いことだ。

あの流行歌もそうだし、口から出まかせの浄瑠璃
じょうるり
を口ずさむ者、役者の物真似をする者。
また、表向きは納屋だが実は茶屋だという店もあり、そんなところからは歌が聞こえてきていた。

二階座敷があるような茶屋からは三味線の音が響いてきていて、その音に惹かれて立ち止まる客もあった。

反対に、金を使いすぎないようにと逃げるようにして歩いていく人もいた。



仲居の清などはそんな客を見つけて、飛びついてひったりと寄り添うと、兜の錣を引き捕まえる景清のごとく、頭巾を掴みそのまま連れ込んでいったりしていた。

新地の女景清と名高いのも納得である。





管理栄養士監修の手作り宅配健康食『ウェルネスダイニング』

***





さて、この曽根崎新地の紀伊国屋へ島之内から移ってきた遊女の小春は、あることでやせ細ってしまうほど悩んでいた。


恋人の紙屋
かみや
治兵衛
じへえ
のことである。

行き交う他の遊女ですら立ち止まって「お気分が悪いの。お顔がやつれているわ」と言うほどであった。

小春と紙屋治兵衛の仲はこの界隈で広く知れ渡っていた。
というのも、太客の太兵衛が嫉妬してあることないことを街中に言い触れ回っていたからだった。

そのおかげで、小春につく客は減り、店としても困り果て、小春と治兵衛を会わせないようにしているのだった。
手紙のやり取りすら禁止している始末である。



今日は揚屋あげや河内屋へ来る予定の侍が小春を呼んでいるので、そちらへ出向かなければならないのだが、その道中で太兵衛に会いはしないかと気が気でないのだった。



と、一丁目の辺りから門付かどづけ芸人が僧侶の格好をしてでたらめな歌念仏を披露しながら近付いてきた。

見物がわらわらと集まり始める。







杞憂は現実になるもので、その見物の中に太兵衛の姿もしっかりとあったのだった。






小春は急いで支度を整えると、人混みに紛れて太兵衛に見つからないように河内屋へ向かった。



歌念仏は「国性爺合戦」の一節をむにゃむにゃとやっている。
樊噲流
はんかいりゅう
は珍しからず、門を破るは、日本の朝比奈流を見よやとて・・・」
その場面はいいから、道行が聞きたいなどの声が野次馬から聞こえた。




「これはこれは、お早いお出でで。お久しぶりで、小春さま」

河内屋へ駆け込むと、河内屋のおかみが大きな声で小春を出迎えた。

「お久しぶりです。あまり大きな声でわたしの名前を呼ばないでくださいな。表に聞こえると、いやらしい李蹈天りとうてんに見つかってしまいます」

だが、遅かった。

「小春殿、李蹈天とは良い名前を付けてくれてものだな」

ぬっと河内屋へ入ってきたのは誰あろう太兵衛だった。腰巾着のようにくっついているのは善六という男だ。

小春はついと離れた。

いずれおれが請け出すのや、それとも紙屋治兵衛が請け出すとでもいうんか」

太兵衛は鼻で笑う。

「やつは二ヶ月ごとに問屋の支払いに追われるような男や。しかもやつには妻も子もある。妻は従姉妹や。
十貫目の金で請け出すのどうだの言うこと自体、分不相応な話やろ。
まあ、そんな大口叩きな治兵衛には敵わんが、金はおれの方が持ってるぶん、おれの勝ち。
金の力さえあれば何にでも勝てるんや。

ここでおまえが待っているのも治兵衛か?

おい、おかみ、酒を出せ、酒を。おれが小春をもらう」

「何を言うのです、太兵衛さん。今夜の客はお侍さま。もうお越しになられるはずですわ。あなたはどこか他のところで遊んでくださいな」

そんな小春の言葉にも、太兵衛はまともに取り合わず、ふざけた顔で「侍と町人の違いなんて刀を差すか差さないかやろう。おれもお前の客や。小春殿、いくら逃げ隠れしたところで出会う縁なんや」と言いながら、先ほどの門付の歌念仏を真似し、できそこないの浄瑠璃
じょうるり
のまねを始めた。

「おい、善六、あの箒を三味線の代わりに使え」

「箒で三味線やな。え三味線や」

いやらしく笑いながら善六は箒を取り上げた。

「ちょっと調子聞かせてや」
「おう、じゃあ、まずは一の糸やで。ほら、ドーン、ドーン、ドーン」

善六は三味線を弾くまねをしながら三味線の糸三本のうちいちばん低い音の真似をした。

御堂さまの太鼓のような音やな。そしたら次は二の糸や」
「よし、トーン、トン、トン、トン、トン」
「なんやお茶屋の階段上がってるみたいな音やなあ。まあええわ、そしたら最後は三の糸」
「三やな。いくでえ。テーン、テーン、テン、テン、テン」

間の抜けた高い声を出した。

「そしたら口上を言うで、口上を。

とざいとうざい。このところ語りまするは、紙屋治兵衛、紀伊国屋小春、つまらん菊浮名の蜆川

めちゃくちゃである。



浄瑠璃
じょうるり
風に太兵衛がさんざん悪口を叩いていると、河内屋の入り口にはひと目を忍ぶように編笠を深くかぶった人が立っていた。

太兵衛は治兵衛が来た、とばかりにその男を引きずり込んだ。

もちろん、治兵衛ではない。
小春を呼んだ侍だった。

侍は太兵衛の胸ぐらを掴んだ。

この大小の刀が目に入らんか。赦しがたいが、今日のところは不問にしてやろう。とっとと失せろ」

太兵衛はぐっと睨まれ、念とも仏とも声が出なくなり「善六、行くぞ」と、それでも身振りばかりは大仰に、いっぱいに威張り散らして退散していった。



マキアレイベル 薬用クリアエステヴェール




場所柄、太兵衛という馬鹿者を不問にした侍客は、小春へ身を向けた。


小春はというと、紙屋紙屋と散々に言われすっかり沈みきってしまって、挨拶もできない状態であった。


「わたしのほうの屋敷では昼でさえ出入りが厳しいのだが、どうにか座をともにしてみたいと共を連れずにやってきた。しかし、これは一体何かあったか」

侍のつぶやきに、河内屋のおかみが口を開いた。

「お客様は訳をご存知ないから御不審がるのもごもっともです。さあ、小春様、ぱっと一杯呑み始めて気持ちよく頼みます」

小春は涙をほろりと流し、顔を振り上げた。


「お侍さま、浄土宗の十夜のうちに死ぬと成仏すると言いますが、それは本当でしょうか」

「それはわたしは知らんな。坊主にでもお聞きなされ」

「そうですね。それでは、刃物で自害するのと、首を吊るのとでは、やはり喉を斬るほうが痛いのでしょうね」

「あいにくわたしは自分を斬ってみたことがないものでな。分からん」



おかみがその間に割って入った。

「小春様、初対面からなんというお話を。気をかえて、奥でお酒にいたしましょ」

「うむ、酒はよいな。小春殿、行こうではないか」







おかみと侍に引き立てられ、小春も打ち連れて奥へ入って行った。





















https://www.ntj.jac.go.jp/sp/
日本芸術文化振興会サイト



https://www.ntj.jac.go.jp/sp/bunraku.html
国立文楽劇場

https://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu.html
国立劇場