辛坊正記ブログ-金融、経済、そして旅と人- -5ページ目

涼しいパリでの夏休み、ちょっと感じた日本の現実 ^_^;

今年の夏休み、6年ぶりにパリで過ごしてきました。6年前にパリに行ったとき、物価が高くなったな~、ということと、日本人に代わって中国や韓国の人たちが増えてるな~、ということを感じた記憶がありますが、今回、それはもう(隠す必要もないけれど)覆い隠せない事実として受け入れるしかないんだな、と思うに至りました。欧州も今では元気がないけれど、あちらは物価が上がる、こちらは物価が下がる、そして物価の差ほど円高が進まない、という時代が長く続いたのですから、日本人が海外に行って物価の高さを感じるのは仕方がない。おまけに今はむしろ円安が進んでいるですからなおさらです。私の海外旅行の楽しみは、日本じゃ出入りできない高級レストランに行き、豪華な雰囲気に包まれておいしい料理を圧倒的に安く楽しむことだったのに、いまでは、パリの一流レストランなんて恐ろしくで出入りができない。はるか昔、ソニービルの下にあるマキシム・ド・パリを現地で訪れて感激したことがあったっけ・・・ 今では懐かしい思い出です。 ^_^;

 かつてアジアで断トツに高かった日本人の実質購買力は、いつの間にかシンガポール、香港、台湾に抜かれて今ではアジアで4番目。すぐ後ろの5位には韓国が迫っています。円高が問題だ、アベノミクスの円安で日本企業が儲かった、ということばかりが注目を浴びる昨今ですが、その裏側にある日本の現実、そして解決すべき問題の本質にもっと焦点を当てた議論をすべき時が来ていると実感した旅行ではありました。似たようなことを昨夏のロンドンでも感じたのですが、パリでは尚更強く感じます。中国を筆頭にアジアの人たちはまだ、ロンドンよりパリ、オルセー美術館やオランジェリー美術館よりルーブル美術館、といったところに集中しているのかな。

 かつては日本人店員がずらりと並んでいた某ブランド店で、今回私の相手をしてくれたのは、日本語を話さない中国の人でした。パリの高級百貨店、ギャラリー・ラファイエット。正面を入ったところにずらりとならんだ各国語のパンフレットの中に、日本語はありませんでした。アラビア文字と中国語はあったけど。もっとも、日本語の免税手続きコーナーは健在で、そこには日本語のもあったから、たまたまなのかもしれません。買い物についていえば、日本で買うのとパリで買うのと昔ほど値段に差があるわけでなし、どこかの国のようにニセモノが横行して国内では安心して買えないということでもないので、日本人の買い物客が減ったのは購買力の差だけではないかもしれません。ただ、これもたまたまかもしれないけれど、セーヌ川の遊覧船、6ヶ国語でのガイド放送のうちアジアの言葉は中国語と韓国語。6年前にはあった日本語は流れなかった。

 小さなできごとではありますが、すこしづつ、世界の中で日本の存在が薄れていくような・・・ がんばれ日本と日本人 (^.^)/~~~フレ!フレ! 


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 夏休みの思い出の片隅を、このURLのフェースブックにアップしました。最高気温20度ちょっと、涼しいパリの今の様子の39枚。

思い起こせば、これまた恐ろしい話に巻き込まれていたに違いない (-.-; タラ

 いやー、驚きました。考えようによれば、とても危険で恐ろしいモンマルトルの夜の出来事です。
 ホテルのラウンジで夕刻に供されるカナッベとシャンパンを些か嗜んだのち、モンマルトルの丘の上、サクレクール寺院に行きました。到着したのは午後8時半。辺りは未だ明るい。 有名な夜景を楽しむには10時ころまで待たなければなりません。
 近くにあるダリ美術館で時間を潰すべく行ってみたら、9時閉館とのことで入れない。仕方がないのでテアトル広場のカフェに入って、オムレツ、クレープ、ラザニア、...そしてボルドーの赤ワインを注文、10時を待ちました。食事を済ませてサクレクールに戻って夜景を楽しんだところまでは計画通り。雨がぱらつき、連れの足が痛み始めたのでトラムで下まで降りることに決めました。
 このトラム、1.7ユーロの地下鉄の共通切符で乗れるのですが、生憎手元に回数券の持ち合わせがありません。頂上駅の改札まで行って売り場を探してキョロキョロしていたら、6尺豊かなオッサンが「切符何枚いるの」と聞いてきました。無茶苦茶怪しいと感じてはぐらかしはしましたが、しつこく寄ってきて離れません。幾らかと聞いたら1.7ユーロとの応えが返ってきました。普通の値段です。ままよとばかり「3人、5.5ユーロだね」と念を押して20ユーロ札を渡したら、釣りがないとて仲間らしき男を呼びました。なんとなく制服を思わせる服装に襷がけのカバン、なにやら身分証明書らしきものもついています。
 え、ひょっとしてこの連中、本当にトラムの従業員?と思い始めたころ、仲間らしき男がつり銭切れだと言って15ユーロを返してきたのです。50セントのおまけ。その後切符を寄越す素振りがないので「切符は?」と聞いたら、3枚の切符を寄越し、「出口を開けて」トラムのホームに入れてくれました。切符は使い終わった代物です。やっぱり怪しい。
 パリ市内では、乗るときは切符がいるが、降りるときには不要です。従って、使い終わった切符は出口付近にいくらでも捨てられています。この連中、たぶん、使用済みの切符を集めて切符売りを装い、元手要らずで乗車賃を稼いでいるに違いない。正規料金を下回る価格でトラムに乗せてくれたのですから良心的と言えば良心的ですが、知らないこととは言いながら連中の悪事に乗ってしまった形です、たぶん。
 一つ間違えば切符代は盗られ損、うっかりすると財布ごと脅し取られても不思議ではない状況でした。くわばら、くわばら。 (^_^;)

こんなことってあるんだ (@_@;) 犯人の顔と手口がはっきりと見えました (~_~;)

 今日のオランジェリー美術館からの帰り道、またまた昨日と同じ被害にあいかけました。私がネギカモの様相を呈しているのか小型のレスポ・ザックが狙われ易いのか、いずれにしてもパリは油断がなりません。前回6年前に来たときは、ルーブルで落としたパスポートと航空券は出てくるし、道に迷ったらパリジェンヌが寄ってたかって助けてくれるし、こんな素晴らしい都市は世界にそうそうないと思ったのに・・・残念です (・。・;

 さて、何が起きたのか。
 パレ・ロワイヤル(ルーブル)駅でメトロ1番線から7番線に乗り換えるべく階段を上っていたときの出来事です。昨日、カメラを盗み取られたた直後だったので、私もさすがに警戒し、件のレスポのショルダーバッグ、今日は表を内側にしてファスナーが体の前に来る形で襷がけし、財布等の貴重品はポケットにいれて常時手で触れておりました。従って、ショルダーバッグの中身はガイドブック程度です。

 左肩から右腰に向けてバッグを襷がけにし、階段の右の手すりに寄り添いながら上っていたんです。私の身体と階段の壁の間にレスポザックが挟まれる形です。階段をほぼ登りかけたところで、私の右手が後から登ってきた男の手にぶつかりました。思わず振り返ってゴメンと言ったのですが、男は何とも言えないはにかむような戸惑うような表情を浮かべて離れて行きました。なんとも摩訶不思議な雰囲気にふとバッグを見ると、なんとバッグのチャックが全開になっている (゜ロ゜) ギョッ
 昨夜もこの手口でやられたに違いありません。昨日と同じショルダーの掛け方をしていたら、手が男にぶつかることは無かったでしょう。貴重品が何も入っていなかったので結局被害は無かったけれど、財布でも入っていたらどうなっていたか知れたものではありません。男の服装は黒っぽいきちんとしたスーツの上下。

 今日利用したバスツアーの旅行社の壁面に「スリ被害が多発しています、ご注意ください」との貼り紙がありました。パリにお出かけの節は、くれぐれもお気をつけて。

やられた (・。・;  パリのスリはプロですね (T_T)/~~~

今回こそは無事に、と思っていたのに、ものの見事にやられてしまった (*_*) ギャフン これじゃ「泥棒便り」のネタにもならない。(+o+)  

どうしても行きたい、という連れの希望を入れて今日は人生3度目のベルサイユに行きました。サン・ラザール駅から5人ほどの仲間とフランス国鉄で行った遠い昔の1回目は、銘々が「10回分」の回数券を買って、つまりそれぞれが5往復分の回数券を握りしめて行ったんです。えらく高いな、とは思ったのですが、誰もまともにフランス語が話せない悲しさ、買い間違えてしまったことに気付いた時は手遅れでした。往復2枚を使って残りの8枚分は結局ゴミ箱行き。,(×_×;)シュン 

ルーブル美術館の近くに宿をとった6年前の2回目は、パレ・ロワイヤル(ルーブル)駅から地下鉄(PER)で行ったのですが、C5線に乗ったつもりが間違えて、未だにどこに行ったか分からない駅で降ろされました。この時は、ヘルプ、ヘルプと英語で叫んでいたら、親切なパリジェンヌが寄ってきて、引き返す電車の道すがら、態々途中下車して私をベルサイユ行きのバスに乗せてくれました。  

そして今回が3回目。流石に迷うこともなく、アンワリッド駅でC5線に乗り換えて、無事にベルサイユ・リブ・ゴーシュに着きました。宮殿めぐりのあとは庭園の運河でボートに乗ったりプチトリアノンを散策したり、連れも大喜びで大成功ではあったんです。ところがどっこい、今回も無事には済みませんでした。アンワリッド駅でC5線から⑧線に乗り換えて、僅か3駅のオペラ駅に向かう途中で事件が起きたんです。アンワリッドの次のコンコルド駅を出たところで、ドア付近に立っていた私に、一人の青年が「バッグの蓋が開いていますよ」と注意してくれました。何気なく「ありがとう」と答えて蓋を閉めてホテルに戻ったら、入っているはずのカメラが無い。アンワリッド駅に戻るC5線の中で連れにカメラを見せ、目の前でバッグにしまっていますから、落とした、失くしたということでないのは明らかです。バッグは肩から襷にかけていて、普通に考えれば気づかれることなくカメラを抜くなんて不可能です。でも現実にカメラは消えている。

あんなものを取ったって大した金にはならないはずですが、驚くべきプロの手腕には違いありません。折角撮った今日の写真は全てパー。直接身に着けていた貴重品に被害が無かったのは不幸中の幸いですが、ショックは甚大です。 (+o+)  その後7時からのリドのディナーショウはスマホで何とか撮りました。

以前、私が海外で出会った泥棒の話を10件ばかりアップしたことがあります。今回の泥棒話もせめて新たな一作のネタくらいにはしたいところですが、いかんせん、誰がどのように盗ったのかすら見当がつかず、これでは話の纏め様がありません。

 あんなもの金にならないだろうに、という私のことばに某君いわく、蚤の市に出せば売れんるんじゃないの? そういえば、今回、蚤の市に行く予定も立てていましたが、自分のカメラとそこでご対面するのもなんだから、やめておこうかな ^_^;

パリの観覧車、ロンドンアイとは一味違う1日目 (^^♪

夏休みが始まった (^^♪


羽田ラウンジ2014.8.16.
イングランドの湖水地方で過ごした去年の夏からはや1年、来た、来た、来た、来た夏休み ,\(^o^)/ イイェーイ

羽田空港のラウンジで、今日は朝からシャンパン・パーティー、朝のお酒は効きますね~ 6年ぶりのパリに向かって羽田を朝の10時に飛び立ちました。 パリは初めて、という連れに合わせてエッフェル塔とか凱旋門とか代表的な観光名所を巡ります。6日通しのミュージアムパスは買ったしバルビゾンへのバスのツアーも予約したし、準備万端、とは思うけど、パスポートと帰りの航空券を落としたり、電車を乗り間違えてどこに居るのかさっぱり分からなくなってしまったり、大騒ぎしたりした5年前の前回と同じことにならないように気をつけよう・・・  

ボーイング777-300機は今、パリまで5539キロのシベリア?上空。 眼下には氷に覆われた白い大地と大河が広がっています。そして私はアナと雪の女王を観終わりました。柄に
もなくちょっと涙が滲んでます・・・ (*_*) 
ある友人から「あれは良かった、目の前に本当に雪が降ってくる」
と聞かされて、映画館に行こうと予約を試みたことがあるんです。
でも時すでに遅し。3Dは上映終了、2Dの日本語吹き替えが1日
1度ということで、テーマパークの3D大好き人間はその時、鑑賞
を諦めました。そのアナ雪に晴れて機内で出会った次第。日本で
爆発的にヒットしたこの映画、米誌がヒットの原因を分析していわ
く、「高学歴にもかかわらず先進国の中で就業率が低く、活躍の場
を制限されている日本女性が力強く自立したヒロイン像に引きつけ
られている」といつぞやの日経新聞に書いてありました。うーん、
本当かな ( 一一)
シェール革命で復活を遂げつつあるアメリカが、ジャパン・アズ・
ナンバーワンの座から滑り落ちた日本を上から目線で評価するには
面白い見方であるけれど、私にはなんだか違和感が残ってしまう。
女性の働く環境に解決すべき問題があるのはその通り。でも、この
ヒットの深層には、大和人の奥深い和の心、理屈を超えて湧き上がる自省と正義と心
根の優しさがあるように思えます。学生時代にディベート術を学び
、それでダメなら怒るか泣くかで相手を打ち負かす、なんていう狩
猟民族の発想とは一味違う、以心伝心の懐かしさ。日本人が世代を超えて胸底に
秘めている、たとえ我が身が滅びても友を想い家族を愛する自然な
優しさの琴線に触れたということじゃないかしら・・・ (・・?

今日の沼田の天気は日本経済の現状とよく似てる (・。・;



 玉原スキーパークのペンションラポール。吾輩の定宿に来ています。ネットは繋がらないものと諦めつつ何年も通い続けて来ましたが、ひょんなことからWifiが準備されていることを知ったんです。大量のアルコールが身体を巡る状態ながら、折角できた空白の時間。就寝前のひととき、ご無沙汰続きのブログを認めた次第です。


 快晴の横浜を出て関越自動車道を走り、そこはかとなく春の香り漂う沼田の街を抜けて山を登ること30分。ゲレンデに着くと様相は一変です。気温はおそらく氷点下5度。吹雪のせいで乗ったリフトの4台先は霞の中に消えて見えません。写真はそんなゲレンデの様子です。いやー、ほんとに寒かった・・・。

 このところ、日本経済は春のムード。でも、これ、なにか今日の私を取り巻く環境に似ている気がして仕方がないんです。いつぞや、デフレの間は第一の矢(大胆な金融緩和)と第二の矢(財政支出の拡大)は、蜜月の関係で機能する。問題はその後だと書きました。第一の矢と第二の矢の威力で日本は元気に見えますが、その裏では、一旦風向きが変わると強烈な吹雪を呼びそうなリスクが日々高まっている、ということがなければいいんだけれど。(@_@;)

 まあ、それはそれ。明日は晴れるという予報です。嵐の後の晴れ間を信じて、今日のところはお休みなさい。絶好のスキー日和だと良いんだけれど。日本経済の明日も同様に (^^)/~~~

結構当たっていたみたい・・・ ( 一一)

 ある人が教えてくれて今更ながら気がついたんですが、私が弟と一緒に2010年に出した「日本経済の真実~ある日この国は破産します」という本、もしドラだの村上春樹さんだの本屋大賞だのみんな合わせた総合ランキングが公表されていて、結構上位にノミネートされている・・・ (@_@。 思わずURLをアップです。

文教堂(17位)
http://www.bunkyodo.co.jp/c/bookchart/2010chart_all.html
オリコン(39位)
http://www.oricon.co.jp/entertainment/ranking/2010/bookrank1201/index03.html

 あれから3年有余が経ちました。アベノミクスで足元の株と景気が持ち上がり、長期金利も抑えられて世の中は浮かれ模様です。このところ1年半ほど、引き受けた実業に集中しようとこの手の発信はご無沙汰気味ですが、あそこに書いたこと、私にはますます現実味が増しているように思えます。いずれまた、時間を作って本気で語ってみたい気がします。もっとも、最後に書いた「消費税、一体いくら足りないの」、今でもそのまま今も通じそう。当面はこれで十分かも (・_・;)ナンデナノ・・・

上野動物園には幸せがいっぱい! (^O^)/

 ホントに無意味な近況です。読んでもなんの足しにもなりません ^_^;
 3連休最後の夜の午後10時。 ベストシーズンの3連休! (^_^)v と楽しみにしていた連休ももうお終い。結局は身辺整理で終わってしまったけれど、それでも多少の収穫はありました。一つは、何年振りかにゴルフレンジに出かけてフェアウェイウッドが当たるようになったこと。でもこれは、ゴルフコースに出た瞬間に泡沫の夢と消えかねない。ビデオに撮ってはいないので、誰にも証明ができません。写真にとって思い出集に追加でき...たのは・・・ エヘへ、ン十年振りに立ち寄った上野動物園。
 連休の一日、早起きをして上野の東京国立博物館に行きました。特別展の「京都」の洛中洛外図屏風が目当てです。50有余年も昔の中学生のころ、高校受験を目指して何度も受けた北辰テスト。当時の埼玉県の中学では恒例の行事でありました。確か、英・数・国・理・社・技術家庭・保健体育・音楽・美術の9科目。皆が頑張る主要科目じゃ勝てないので、裏に道あり花の山、とばかり音楽や美術で点取り虫をやったっけ。「狩野探幽」「洛中洛外図屏風」と書いて点数を稼いだこと数多。でも、考えてみれば、参考書に載った白黒の小さな写真以外、洛中洛外図がどんなものか見たことがなかったんです。初めてみた実物は、若かりし頃の思い出と重なって忘れ難い衝撃を与えてくれました。500年ほど前の作品です。
 ちょっと不思議に感じたのは「500年」という時の流れ。歴史に弱い私は、最初、500年と聞いて何かの間違いじゃないかと本気で思ったんです。だって、500年なんてついこの間のことじゃないか・・・ かつて学んだ室町時代は、遥かに遠い昔の世界だったはず。(・・?
 そして思い至りました。500年前がついこの間のことに感じられるのは、私がもう、60何年も生きて100年という単位を身近に感じるようになったから。嘗て歴史を学んだ10代のころ、500年は気が遠くなるような大昔だったんですね (・.・;)
 そんな思いもあってか、何十年も行っていない近場の上野動物園が急に懐かしくなりました。600円也を払って入ってみたら、そこは東京の別天地。子連れのファミリー、楽しそうなカップル。動物園に行こうという人たちに悪人はいませんね。ここで結ばれたカップルはきっと幸せになる、と信じることができる雰囲気です。
 私が持つ上野動物園のイメージは、モノレールと監獄見たいな動物のオリの列、だったんですが、こと動物の展示に関する限り、すっかりイメージが変っています。旭山動物園の影響か、そこには自然が一杯です。ぞうがいたぞう、と言って娘に寒いとバカにされつつも、繁みに潜むトラ、ハリーポッターのヘドウィグばりの白ふくろう、仲睦まじい猿山のニホンザル、可愛い子どものローランドゴリラ(モモカです)、氷の海に泳ぐ白クマ、そしてヒグマ、ツキノワグマ・・・エトセトラエトセトラ。高いお金を払ってまで連れて来る必要があるのか、とちょっと疑問を感じたパンダまで、飽きることがありません。この平和、いつまでも続いてほしいなあ (^.^)/~~~
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「受験偏重教育を変えるのは今だ」って、本当かな・・・ (・・?

 今日の日本経済新聞の「受験偏重教育を変えるのは今だ」という見出しを見て、アベノミクスの行く末以上に疑念を抱いた私は何かやっぱり変わっているのかも・・・ (^_^;) 
 でも、教育改革に名を借りた官の肥大化への懸念が、ここでも、どうしても拭えない ( 一一)

 いわく、『改革案は、共通1次を引き継いだ現行の大学入試センター試験を廃止し、「達成度テスト」を創設するのが柱のひとつだ。 テストには「基礎」と「発展」を用意し、いずれも高校在学中に複数回受験できる。「発展」は一般入試に使うが1点刻みでの成績表示はやめて段階別の評価とする。』

 要するに、高校在学中に何回も試験をやって、生徒を、たとえばA、B、C、D、Fに区分けするんでしょ? 何度試験をやろうとも、あと1点取れてたら上の区分だったのに、という人が出てくるのは避けられない。そして、高校の時にFを取ったら、一生、Fがついて回ることになりかねない。入試センター試験なら、あるいは一発勝負の世界なら、あの時はたまたま調子が悪くって、という言い訳もできるけど、これで下位のクラスに分類されたら本当に救われないことになってしまいます。 (+_+)

 社説に「受験生を振るい落とす道具となっているセンター試験とは違い、新しいテストは大学入学のための資格試験に近づくわけだ。」とありますが、これ、本当か? (@_@;)

 大学に行く資格があるか無いかを判別する資格試験は、合格したか落ちたかの区別が一生ついて回るなかなか厳しい制度です。どこどこの大学を自主的に受験して落ちた、というのと違って、高校生の段階で、国家が国民を合格か不合格かに選別するんですから。

 私はそんな制度に与したいとは思いませんが、それでも、昨今の大学の粗製乱造ぶりを見ていると、「勉強しなかった人は大学に行く資格がない」ということを試験で明確にする必要性はそれなりに理解します。学ぶ意欲も能力もない人を、厳しい国家予算を割いて教育する余裕は今の日本にはありませんから。

 しかし、入試に国が関わる必要があるとしても、せいぜいそこまでの話でしょう。国が音頭をとって高校時代に何度も試験をやって、全国的な統一基準で生徒をA、B、C・・・ と区別する。そして、それが一生、その人について回る。そこまでやっていいはずがない、と私は思うんです。

 センター試験の点数なんて人は忘れてしまうでしょうし、受験科目が違えば比較だって難しい。どこそこの大学を受けて落ちた、通った、という区別も人さまざま。 全国、全国民を通して国家によって割り振られたA、B、C・・・といった区別とは違います。

 『小中学校のころから受験勉強にいそしみ、晴れて合格すればそこで人生における「学び」は終わる』 『そんな入試システムでは多様な人材を取りこぼす、偏差値エリートばかり増える』と指摘して改革するといえば、多くの人は賛同するに違いない。 でも、そういいながら過去、文部省や文部科学省の「政策」がどんな結果を招いてきたか。なにかやるたびに、学力の劣化を招いてきたんじゃないかしら (~_~;)

 生徒の減少に悩む教育産業と大量の高齢者の再就職先に悩む当局が、手に手をとって仕事づくりに励んでいる、なんてこと、ないでしょうね・・・ ( 一一)  うーん、やっぱり私は性格が悪い。 反省です ^_^;