バドミントンの思い出。一条の仄かな光さえあれば。「年功序列の弊害」番外編。 | 1型糖尿病患者のぼやき。さかぞー監督のブログ。

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膵臓のβ細胞を失ったことをきっかけに社会福祉士になりました/1型糖尿病(2014.4~)/社会福祉士(2016.4~)/糖尿病患者向け住宅建設計画中/元大学バドミントン部監督


先日アップしました

バドミントンのぼやき。年功序列の弊害を思いつくままに二点ほど。

の記事や

他の過去の記事の中でも

高校時代のバドミントン部で

年功序列の壁に苦しめられた経験を

ちょこっと書いてみたことがあるかと思います。



当時は

団体のメンバー選考はもちろん

個人戦の組み合わせまで

年功序列でしたからねえ。



もちろん

自分で獲得したシード権は

自分のものにできましたが

とはいえ

高校一年生のときの新人戦の

神戸地区予選を勝ち上がって

翌年にシードを手に入れるまでは

上の学年の先輩方に比べて

かなり厳しいところにばかり

入れられていた記憶があります。



まあ

年功序列やえこひいきなど

どこにでもありがちな理不尽

なのかもしれませんが

でもやっぱり

当時はかなり苦い思いを

舐め続けていましたよね。



勝敗や優劣を競うスポーツ競技にあって

団体のメンバー選考や

個人戦のトーナメントの組み合わせ位置が

年功序列やえこひいきばかりに偏ることは

スポーツ競技としての要素を

無視しすぎた行いであり

健全な青少年の育成にも

まったく寄与しない行為

なんじゃないかなあと思います。



本音を申し上げますと

そんな苦い環境の中では

バドミントンが楽しいだとか

もっと強くなれるかもしれないだとか

そんな甘い喜びや幻想など

まったく味わうことはできませんでしたよ。



でもね。



苦いばっかりの中にも

ほんのわずかな

救いはありましたでしょうか。



同学年のチームメイトや

一学年下の後輩たちを見て

「このメンバーならインターハイに行ける!」

と思えたんですね。



そうした

チームメイトの皆さんが見せてくれた

「インターハイに行けるかもしれない!」

という思いが

遠くに灯る光のように感じられて

なんとかバドミントンを

続けられたんじゃないかなあと思います。



ですので

。。。



私がまがいなりにも

学生時代にバドミントンを

続けることができましたのは

決して

甘い喜びや夢に浸っていたからではなく

「インターハイに行けるかもしれない!」

という一条の仄かな光を感じて

なんとか

奮い立っていられたからなんですね。



厳しい環境で

バドミントンをがんばっておられる方々には

ぜひ

そうした遠くに灯る光を見つめながら

なんとか

バドミントンを続けてほしいなあと思います。



【関連記事Ⅰ】

・勝利に蝕まれた人々

・結局バドミントンから遠ざかってしまった人々Ⅰ

・結局バドミントンから遠ざかってしまった人々Ⅱ



【関連記事Ⅱ】

・あれは痛み止めだったんです(-_-メ

・あれは痛み止めだったんですⅡ

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【関連記事Ⅲ】

・我がバドミントン人生に涙なし。壱。

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・我がバドミントン人生に涙なし。参。

・我がバドミントン人生に涙なし。完。

・真夏のぼやき。審判をニラミ倒し過ぎた男。

・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A

・続・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A

・続Ⅱ・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A

・続Ⅲ・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A

・続Ⅳ・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A

・続Ⅴ・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A

・完・インターハイ、とてもしんどいですよ(-"-;A