中学生だった。

世界がまだ、レコードの針で回っていたころの話だ。

 

 

 

中学生だった。

ロックという言葉を、まだ誰にも教わっていなかったのに、

ある日、急にそれは音として、火のようにやってきた。

 

家の近く、太素塚の裏手に住んでいた同級生。

秋田からの転校生で、地元と違った訛り言葉で、妙に都会的な匂いのする男だった。

その家に誘われ、畳の部屋の一角に置かれた大きなステレオ。

針が落とされた瞬間、スピーカーから放たれたのは――

ビートルズの爆音だった。

 

…なにこれ。

音が、目の奥を焼いた。

心臓の裏側から、何かがぐらりと傾いた。

その瞬間から、私は人生という名の“ローリング”をはじめたのだ。

 

 

やがて関心はビートルズから、ローリング・ストーンズへ。

父から貰う小遣いはすべて、レコードのためだけに存在した。

 

学校帰り、ラジオの深夜放送をカセットに録音し、
繰り返し聴いた断片的な情報が、身体のどこかでくすぶる。

「これは、欲しい。」

 

ある日、ラジオから流れた“新しい音”に、胸がざわついた。

『ブラック&ブルー』

ストーンズの新しいレコードだった。

 

土曜日。

太素塚の前を自転車で駆け抜け、

いつものレコード屋までペダルを漕ぐ。

ようやく手に入れたそのレコードを胸に抱え、

高鳴る気持ちのまま帰宅した。

 

すると、玄関前にに、作業着姿の父。

 

いつもより早く仕事から戻っていた父が、

タバコを燻らして、ひと息ついていた。

 

私の持ち物を見て、

「まだレコード買ったが」

と、苦笑まじりに声をかけてきた。

 

「かー(ほれ)見せろ」

 

隠すことでもなかった。

私は、堂々とジャケットを差し出す。

ストーンズのメンバーが並ぶ、あの『ブラック&ブルー』。

 

色あせたブルースと、どこか猥雑な熱を帯びたそのジャケットを、父はじっと見つめていた。

 

「ほー……」

何度も声を出しながら、思ったより、長く見つめていた。

 

 

 

父は値札に目をやると、

「これ買ったら、あど月の小遣いなくなるべせ」

と呟いたあと――

なぜか、笑った。

 

その笑いが、なぜか嬉しかった。

 

「好きなものさ一生懸命。大したもんだな。」

 

そう言った父の声は、今も耳に残っている。

それは決して“褒める”でもなく、“諭す”でもなく、

認めるという、父なりの最上の敬意だった。

 

あのあと、どうしただろうか。

 

二階の私の部屋行き、二人でモジュラーステレオに向かい、ストーンズを聴いたっけ?

いや、聴くこともなかったか。

 

 

 

…わからない。

ただ、レコードジャケットがあって、

作業着姿の父親が見つめていたのは確か。

普段は歌謡曲か、演歌の口笛吹くだけなのに。

 

太素塚の裏にあった家。

風が抜ける坂道、青々とした空、木々が風にざわめき踊る。

 

新品のレコードに針を落とす。

一番最初に聴いたのは、A面ラストの

「メモリーモーテル」。

 

そして、“ローリング”することの意味を、

ひそやかに、父親に認められたあの夕暮れ。

 

記憶のなかの、私だけの「メモリーモーテル」。作業着姿の父親とローリングストーンズ。ミックジャガーは、どう見えたかな。

父の声と、風の音と、アナログな針のノイズが、優しく混じり合っている。