友人の女性から、ふとこんなことを言われた。
「人生の棚卸しをやれば?」
なるほど、と思った。
若い頃なら、そんな言葉は聞き流していたかもしれない。
だが六十を過ぎると、人は未来だけでは生きられなくなる。
過去が背中に積み上がってくるのである。
私は今、警備員の仕事をしながら転職活動を続けている。
百貨店の荷捌き場で荷物を運んだこともあった。
広告代理店で働いたこともある。
フリーランスのプランナーとして独立したこともある。
店を出したこともある。
失敗したこともある。
成功しかけて消えたこともある。
そのたびに私は、地平線を追いかけるように移動してきた。
しかし最近、ふと立ち止まることが増えた。
なぜ自分はこんな道を歩いてきたのだろう。
何を得て、何を失ったのだろう。
そもそも、自分には何が残っているのだろう。
そんなことを考える。
人生の棚卸しというのは、どうやら財産を数えることではないらしい。
失敗した出来事。
出会った人たち。
忘れられない風景。
胸の奥に刺さった言葉。
そういうものを、一つひとつ取り出して眺めてみることなのだろう。
考えてみれば、私はずいぶん遠くまで来た。
青森県十和田市で生まれ、
東京へ出て、
広告代理店に勤め、
独立し、
店を開き、
閉じ、
また別の仕事をし、
今は警備員をしている。
まるで川に流される木の葉のような人生だ。
だが流されたからこそ見えた景色もあった。
もし順風満帆だったら、
出会わなかった人たちがいる。
書こうと思わなかった物語がある。
人生というものは、不思議なものだ。
失敗ばかりだと思っていた場所に、
案外、大切なものが埋まっている。
だからしばらくは、
この「人生の棚卸し」をやってみようと思う。
忘れていた自分に会うために。
そして、
ずっとやりたかったことを、
本当にやるために。





