さかぽん行雲流水

さかぽん行雲流水

横浜市出身育ち(少し横須賀で生活)。サラリーマンで頑張ってます。感じたことを写真に納めてインスタにアップ。今、出来ることを精一杯頑張ってる定年近いおじさん。
副業、投資、起業、集客は興味無し。主務が忙しいので。

週末は、毎月の定期通院でした。今の罹っている病気から、10年以上。私も年老いて来ましたが、先生も昨年から体調崩されたり、と。

先月は、クリニックを引退されるとの事で、夫婦でご挨拶と通院。感謝、大感謝でした。先生との出会いが無ければ、仕事復帰出来て無かったかも知れませんし。診察はいつも混雑してる中、病気と短時間でも向き合って考えてくれる先生でした。

新しい先生に代わり、クリニックは継続して優しそうな先生に出会えました。運と巡り合わせに感謝ですね。

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2階のベランダで育てていた、2025年からのリーフレタス・グリーンレタス。そろそろ時期的に限界、全て採って、根っこから引っこ抜きました。


プランターに新たな野菜の土を入れて、種を撒き、今夏版のリーフレタスの芽を待ちます。虫が寄ってくる事もありませんし、薬品も不要ですから、ベランダの有効活用です。育ってきたら、根は残して育った葉だけ採って、水洗いで食卓へ😋

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一昨年は令和米騒動があり、今年は石油騒動になるのか。日常生活で、部屋も食品も、見回してみると、原油から精製される一つの「ナフサ」で成り立ってる事が、見直してみると良く理解出来ます。

テレビもエアコンも扇風機も、外装はプラですから、ナフサ由来。食品のトレーもラップもビニールも、ナフサ由来。
衣料品も、今は化成繊維がほとんどですものね。でもなぜか肌着は、着心地からか綿を選んでいる事に、気づきました🙄

ガソリン・軽油(ディーゼル用)・灯油など、身近な車や交通機関に優先順位が回して。日本企業の石油会社の精製装置だと、ナフサは量は日本使用量の半分くらい!?、輸入が多い、と言うのが2月末時点の知識でした。まぁ、インターネットで調べた限りですが。ナフサ活用の優先度も医療系を優先に、と言う情報も読みました🙄

先日、量販店で出掛けて、養生テープとマスカー(塗装用・養生テープに長いビニールが付いたもの)を買いに出かけましたが、購入はグループで1個、あるいは在庫切れなど。。。🥺

まぁ、私は個人の趣味範囲での購入でしたので、マスカーはまだあるので、養生テープ1つと木材やら買って帰宅しました。
これ、資材不足は仕事として生計を立ててる方には、影響が大きいですよね。うーむ、この先は少し心配ですね。
まぁ、一人のオジサンが心配したところで、何も変わる事はありませんが😅

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インフレで、物の値段が上がっていく。経済成長に伴っての上昇なら良いのですが、物価だけ上がっていくとなると厄介ですね。。。😥

車のバッテリー(蓄電池)は消耗品ですので、4年毎に自分で交換してます。
これも、全てが輸入素材で作られている物である為、満3年で1年早いのですが、現在の情勢を考えて、取り寄せて交換・古いバッテリーを返送しました。(一般ゴミでは扱え無い為)


もちろん、今回も長年愛用しているパナソニックブランドです(3年補償品)。2023年に比べて、2千円値上がりしていました。次の4年後の価格は!?

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沖縄に梅雨とか。

6月に、通常通りに関東も梅雨入りするのか。そう言えば、鎌倉のアジサイ寺へ訪問したのも、かなり前の事だったなぁ。
インバウンドの旅行客で凄かったけど、今はどうなのでしょうね。日程余裕があったら、考えてみようかなぁ。。。
北村さん、ブログを書き続けて来た事、お疲れ様でした。俳優である北村さんは大きな存在である事から、「継続の力」をあらためて考え直しました☺️

私が北村さんのブログを読み始めたのは、2023年夏くらいから。若い頃から、様々なドラマを観させて頂いてたいた訳ですが、番組以外の日常を見て思い感じさせて頂き😄

自分のブログは、始めた当時はテーマも決まっておらず、記述内容はブレブレでしたね😅、今も変わらないかも🤣

見直して見ると、2023年6月頃のブログの頃からでしょう☺️。他のブログフォロワーさんから見れば、新参者でしょう。

ブログに出会った頃は、ちょうど母(アルツハイマー)での父が自宅介護負荷から、ショートステイを進めていた頃です。2024年同月には、特別養護施設へ入居。そして一段落と思ったところで、父が原因不明のRS3PE症候群と言う難病。そちらも良い医師と出会い、幸い炎症を抑える事が出来て、通常の日常生活を送れています。

私自身が、10年以上前から現時点では「脳の機能異常」と判断されている「パニック発作」に苦労して来ましたが、北村さん頑張っていますから、父と一緒に頑張らなきゃね、と👍

今は、「お芝居中毒の人のための互助会」の皆様が、やがて「ザ・ホッジポッジ」での舞台を演じる時期を待つ事にします☺️

〜2019年までは、様々な都内(下北、新宿、渋谷など)訪問し、舞台を観ていた頃を思い出します。
再び、仕事とのスケジュールが合えば、訪問して、あの舞台の雰囲気を、今は待ちたいと思います🫡

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今年の連休、とは言っても、私の職種では土日祝だけがお休みです。ただし、若手同僚らは、この連休中は仕事(コンピューター・システム変更)を進めている真っ只中です。

もう、私は年齢的にも間接部隊なので、出勤する事も無くなりましたが😅、何か少し微妙な感じで😉。まぁ、そう言う要員も、仕事としては必要性がありますしね。

妻が、連休入る前に風邪をひいてしまったので、父と義母への訪問は中止にしました。特養も同じく中止。

あえて、別の行動を計画する事無く、自宅でゆったりの連休を過ごしています。日頃、時間に追われていますから、こう言う連休も良いのかも知れません😉

先週、車の車検を終えまして。今回は、特に修理する箇所も無く、点検と車検の検査を通して頂いて、無事に完了です👍


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所有している車は、社会人の子供らと年齢大差ありません。28年、良く乗っていますよね。独身だった平成始めの頃まで、車検毎に買い替えてた自分では無いみたい😁


まぁ、住宅ローンと学費、手一杯だったのもあります。自主的な転職をして、中小企業で勤める私にとっては、高収入ではありませんし、当時は手一杯でも、手に入れた車にも愛着がたっぷりと。

子供が小さかった頃から、保養所を夏・冬と往復、スキー場や遊園地、ディズニーにも出掛けた車。子供が遊び疲れたら、途中休憩する場所にも。


選んだ車が便利であり、雪道も難なく走れる(もちろん、下り坂と凍結路は、非常に気を付けて)ので、振り返ってみると、乗り換える理由も無かったのでしょう。


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一昨年、一部部品の劣化があり、既に交換部品が在庫無い事。自動車会社の直系営業所では対応が出来なく、別の車専門のショップへ修理と言う形でお願いしました。


この為、少し特殊な修理をした事から、直系営業所での車検も受けて頂く事が出来なくなり、長年お世話になった営業所とはお別れしてきました。それまでは、リビルド品(廃車等から取り外して再整備した部品)などで、丁寧に対応して頂いたので、十分に感謝はしています。


直系の正規店には、看板を掲げてる責任がありますし、正規品で無いと難しい事も理解していますしね。私も、自信の仕事で、この例外的な対応を、と言われたら難しい事は確かですから。


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自信で点検して、都道府県の運輸局車検場へ持って行く事も出来なくは有りません。若い頃は、自身で実際に対応していましたしね。手続きも段取りも、平成始めの頃と変わって無ければ、何と無く出来てしまう、かも、とは思いますが。


ただ、あの頃は20代〜30代前半。根気と情熱が違います🤣。所有する価値観よりも、生活の一部ですから。


それに、子供がブツケて修理をお願いした工場にも、まだまだ頑張って頂きたいと思いますし。自分は自分の仕事に時間をかけ、専門仕事は専門技術職の方にお願いした方が良いだろう、との結論に至ったしだいです。


この先も、色々な機械を組み合わせて完成している車ですから、何らかの故障が無いとは言い切れません。その時に、もう交換する部品は無い可能性があるかも知れませんね。


車検代、修理費代、自動車に関する税金、と年々持っていても家計の負担が大きいのでは無いかと考え直しています。使わないで、置いておいても費用は発生してるのと同じですね。


今や、生活はバス・電車、あるいは自転車、時には家族の電動アシスト自転車を借用と、車主体の生活から変わって来ています。


免許証は継続するとして、車が修理できない事象に至ったら、いったん手放してレンタカーでも良いのかな?っとも考えます。ただ、前回のブログでも記載した通り、バスの減便と言う事もあるので、少し微妙ではありますけどね。


来年から、雇用延長で60代を働く事になりますが、基本給は大幅に下がって年収も下がる事は、先輩皆様からの話しを聞いてますしね。生活のどこにコストを掛け、どこを削って生計を立てて行くのか、一つの課題でもあります。


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とりあえず、車の免許証を取得した時の原点、自分で運行前点検はするもの、に返り、時々はエンジンフード(ボンネット)を開け、予備タンクや液漏れが無いかの点検は続け、大事に乗り続けてみようと思います。

久しぶりに、都内のオフィスを出る事が遅くなり。。。



電車は順調に動き、座って地元駅まで順調に帰って来たものの、、、


ウッカリしてました😂


バスの減便。21時台以降は、20分おきにあるかどうか。以前は0時ごろにあったバスも、23時過ぎで終了。


バス運転者の改善基準告示


私の業界では、先行して基準が見直され、当時は中間職で色々とバタバタしたもの。もう、10年以上前の話し。


バスに描かれた運転士募集、良く見かけるようになりましたが、実際に4月からは、私の地域でも時刻表を見て、、、


早く出勤して仕事を終えて、適度なところで帰宅する。と言う仕事のパターンも考慮して行かないと、行きは良くても。。。


のパターンに陥ってしまいそうです。結局、次のバスまで23分。あきらめて、徒歩でテクテク歩いて帰り。


私の急ぎ足で、22分くらい。バス路線の道路では無くて、裏道で小さな山を越えるので、けっこう脚は疲れますが、良い運動と思えば。


まぁ、ちょうど杉花粉症の薬を飲むと、若干過食気味に陥るので、再来月の人間ドックまで減量しないと、また栄養指導になっちゃいますからね。。。


ただ、これが連日となってしまうと、身体に過負荷は良くないので、本当に仕事の時間を考えて勤務しないとマズイですね。


石油の問題もあるし、備蓄があるとしても、補給路が正常に戻らなければ、備蓄量が減るばかりですしね。


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3月くらいから、ナフサと言う言葉を目にするようになり。


ナフサから石油化学製品


ナフサについてhttps://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/material_industry/pdf/260326.pdf


よくよく考えてみると、日常生活には、石油化学製品で沢山お世話になっている訳ですね。食料品も、パッケージする事が出来なければ、出荷できない訳ですから。。。


農家さんも、ビニールハウスやら、苗を守るのかな?穴が適度に空いてる畑とか見かける時がありますよね。あれもこれも、石油から作られる化学製品。


国産品もあるでしょうけど、やはり輸入品が多いのですから、海外も同様に石油が無ければ製造出来なくなる訳で。けっこう心配になって来ました。大丈夫かなぁ、今年の日本での日常生活は。。。

前回のブログ。。。



ブログが高校生から社会人1年生まで、を書いていた。


その後は結婚もして家を借り、順調に定年まで、とは想定通りに行かないのが人生である。もちろん、順調に勤め上げる方もいらっしゃると思うのだが。。


会社が傾いてた。バブルが過ぎて業績が悪くなり、社内の雰囲気も徐々に悪化して行く一方であった。もう、このままでは将来の観測でも厳しい。。。と言うのが当時の本音。



同じ神奈川内であったが、1996年早々に出向・転勤の辞令も出てしまった。


そして、心を動かした合わせて付けられた内容、そう片道切符の辞令。もう、だから再び会社に戻る事は無いのだ。「君の勤めるべき、仕事はここにはもう無い」は、逆に私を奮起させた。この貰った言葉は、追って上司へ返す言葉にもなる。


これがキッカケで、何と無く気持ちが吹っ切れた。このまま雰囲気が悪くなった会社に留まるより、自らの行動で将来を選ぶ、が30代早々になるとは。。。



出向扱いでも給料は貰えて、やり甲斐は無いけど仕事は適度にある。ここは我慢をしながら、準備に入った。

まず、次世代の自分へ向けた学習。ちょうどインターネットの流行り始め。この手の職種を検討し、資格を取れるまでの学習を1年続けた。

資格を取るには、それ相応のコストが掛かる事と維持費も必要。だから、試験問題集まで可能な出来る所まで。。。


学生時代の友人を通して、仕事話しが無いか、探りを入れてもらった。

未経験でも、ちょうど人材確保をしている時期であったようだ。有休を取り、都内まで面接で訪問した。


面談の結果、現在の基本給は引き継ぎ、交通費は支給。転職により会社へ所属して、委託先あるいは派遣先で仕事を進める内容である。道筋は決めた。


さて、次は時期の調整。1996年末で退職する報告を上長に申し入れた。もちろん、簡単に承諾はしない、よねぇ。


労働法では申し入れで辞めさせない事は出来ないが、まだ会社の古い風土時代。

先輩やら、様々な方々が面談を申し入れしてくる。何とか引き留めたい、お前が決めたなら譲らないだろう、反応は様々であった。


同時期に、2つ上の先輩も辞める事を決意し、上長からはお前の影響だの云々かんぬん言われた事を覚えている。ただのタイミングが同じだったからでしょう〜って返答はしてたけど。その先輩も未来の見通し、だったんだよね。。。


結局、ギリギリまで引き延ばされたが、上長も諦めが付いたのだろう。総務での手続きが始まった。


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当日、最終日の前日に出向先オフィス内での関係者に挨拶で回った。そして翌日、自分の元居たオフィス・関係者への挨拶回りで出勤した。懐かしい建物、懐かしい関係者の皆様。


会話をしていて、新人から若手層になるまで、鍛えられ、育てられ、現在の自分が居る事にあらためて気付かされる。人間、1人では何も出来ないのだから。誰かに協力して、誰かから支えてもらっている、見えないところでもね。そして、身分証を返却して、会社を後にした。



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次の勤め先で、1年くらい経った頃だろうか。前職時代の上司から、プライベートメールに、問い合わせのメールが届いていた。一部の先輩しか教えて無い連絡先。たぶん、聞き出したのだろう。


内容は「元担当職のシステム内容について」であった。プライベートメールに?と若い頃の気持ちは苛立った。返答は「サポートは出来るので、今の会社と契約をお願いします」と。冷たい言葉かも知れないが、「仕事はここにはもう無い」と言われた事は忘れられる訳が無く。


後で先輩から聞いた話だが、かなりの憤慨だったらしい。育てて貰った恩義は感じるが、仕事内容に関しては、企業人であるがゆえ、馴れ馴れしく対応すべき事では無いし、そもそも退職した人材が前職の事を他でベラベラ喋る事でも無い。その働き場所の機密事項でもある。



もう、先輩達も定年して老後を送っているのだが、今でも半年に1回位は、横浜駅周辺で呑む事もある。時々、前職の情報は聞いていたが、引退して情報も入らなくなってきてた。


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さらにまた数年が経過した後、片道切符の会社は吸収併合され、ほぼ解散に近い形となっていた。インターネットで記事は見かけていたけど、当時のまだ現役世代だった先輩に合った時は、けっこう皆さんは大変な状況だったのだろうと感じた。


私の元居た職場(オフィス)も大半が人材を別の事業所へ移転し、既に勤めて居た場所からは建物が残っているだけのようだが。その製造業としての工場も、別の地域に統合され、閉鎖に近い状態。


未来の予測を誤った製造業、末路は厳しいものだ。再び立て直すにしても、高度成長期とかの時代では無く、バブル崩壊後の失われたxx年の日本である、とても厳しい事。



ただ、他人事では無い、私の請け負っている仕事も、人材減少が発生している。若手が希望せず、長続きしないのである。幸い、私の現在の所属先の300人程度の中小企業は、会社の売上・粗利計算で若手育成の手当て・研修参加費用負担・風土にも力を入れている。中抜けは起きてない状態ではあると思う。ただ、安心は出来ないだろう。


続きは、次回のブログへ。一つ目の転職先(1997年〜2002年)での事。

令和7年産のお米。一昨年からは、米農家からの直販でお米を購入する事にしました😉👍


一昨年からでしたか、米の流通不足と価格高騰。スーパーの棚へ行って、いつ買えるのだろう、どの位の価格になっているのだろう、と。。。令和の米騒動😅

テレビやYouTube、動画やインターネットの記事を色々と読み込んで。頭に入れて、出して知識を整理して🤔

今まで購入していた価格については、米農家さんが薄利にて兼業して生産されたケース。。。生産して買い取ってもらえねば、生計は立てて行かれない訳で🤔

私の会社員の仕事は、少し異なりますが、仕事した給料ー家庭で必要な支出=貯蓄になる訳で。
貯めた貯金も、万が一のケースを考えたり、国内旅行や外食に充てる訳で。。。すよねぇ😔

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令和6年から、横浜でも米農家さんと直接購入する手段が無いか、と色々と検索と調べて来ました👌

中小企業での私の給与は、大手さんのように頂けませんし、かと言って高額なお米が欲しい訳ではありません。
販売価格+送料、その必要とする収入(給与)と見合えば良い、で探しましたが、なかなかそう簡単に見つかるものではありません。

2カ月ほど経過した頃、とある米農家さんが目に入りました。特別栽培米のコシヒカリ。送料込みの価格で、私の想定価格内です。

ここで初めて目にする特別栽培米とは、国が掲げる規定では。。。🧐

農林水産省:特別栽培農産物に係る表示ガイドライン


減農薬野菜・無農薬野菜とか、地元でも目に付く事がありますが、特別栽培米と言うものに凄く惹かれて、さらに調べて行きました。

特別栽培米の分かり易い説明を一つ。実際には多数のホームページを参照しました。。。🧐


調べていけば調べるほど、生産者にとって育てる生き甲斐でもあり、その準備と管理方法と実際には、農家さんが特別栽培と言える難しさもあるはずです☝️

妻とも良く相談し、新たに得た知識で私たちの身体も考え、なおかつ米農家さんにも役立ち、そして美味しいお米を頂ける、との事で、令和5年産から注文させて頂くようになりました。
もちろん、一つの食品だけ変えただけでは効用は薄いかも知れませんが、せっかく考えさせられた米騒動でしたしね😉

子供を含めて、現在は1カ月に5キロを消費。それに合わせた内容で注文、そして追加料金は必要ですが、真空パックで精米したタイプのお米を送ってくれる事もメリット。
気温が高くなると、農薬量が少ないお米ですから、当然対策が必要な訳で😥
ここで真空パックが非常に役立ちます。長くて6カ月との記載ですが、順次開封していきますしね🫡

もちろん、突然気温が高くなって、管理を失敗した初年でしたが、これもこちらの製品を投入する事で解消出来ましたしね😄

米唐番


今まで、不足する前に、直近で精米された製品ばかり購入してきた私らですから、知識は入れていきながらも、ウッカリはありますよね😅

まぁ、経験が合って、今は良い米農家様と繋がる事が出来ました。令和の米騒動も、私にとっては一つの学習ごとでした。

今年も暑い8月が過ぎた頃、新たな新米が入手出来る事を楽しみに待ってる私。

今までの物価が変わらず、給料も変わらず、お手頃価格が日常生活だった訳ですが、それが世界から立ち遅れた日本だった訳ですよね。物価が上がっていく分、皆様の収入が少しでも増えていく事を望みたいです。

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世界では、未だにどこかで紛争(ここではこの言葉を用います)が続いています。
その状況は、さらに悪化する一方にも感じられますが、いち、オジサンにとっては誰もが苦しむ事が無く、普通に食べて普通の日常生活を楽しめる、世界・日本であって欲しいと思うものです。

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まとまりのないブログになってしまいましたが、体調回復後の今日はこの辺で😉

まもなく4月。新社会人、新入生、と増える時期。一時的に、バス・電車も混む時期に入りますね。

新しい希望を持って。っと言う希望が持たせられる日本を創り続けて欲しい、政治家・官僚・省庁の皆様へのお願い、ですね。希望と将来像が掲げられなければ、、、


もちろん、私も自分の会社で、最戦前は退きましたが、後輩が参考になるオジサンである事を心掛けたいと思います。

とは思うものの、昨今の世界情勢とやら、色々と難しい世の中になってきたものです。

どこの国民でも、普通に、ちょっぴり幸せな時間、があれば。でも、昨今はなかなか厳しい情勢と、日本以外でのインフレ、と言うか日本がデフレが長すぎた差が大きすぎるのでしょうね。

世界に旅立って生活されてる日本人や日本語バッチリの外国人の皆さんの動画など見ていると、日本と世界の物価差がしっかり伝わります。円安だけでは無いですよね。。。🤔

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で、らーめん。我が家は、らーめんは私のキッチン担当です。とは言っても、豚肉はタコ糸で丸められた物をタレを作ってジップロックに入れ、8時間ほど炊飯器保温モードで。味玉はこれもタレを作って、熱湯から7分半茹でた物をジップロックに入れて、空気を出来るだけ抜いたタレ密閉状態で冷蔵庫です😁


以前は、煮込んだりやっていましたが、どこかで、炊飯器の保温モードを使うと良いよ、と言うのを見てから活用させて頂いています。

作るのは月1回くらいですけどね😋


麺は、らーめんしたり、つけ麺にしたり。日清も好きですが、菊水、けっこう好きです。

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先々週から、ヒトもめした仕事。長年の経験と、思い付きの発想から、色々と裏側からあの手この手と、仕事を効率良く進めてきた(そうせざるおえ無かった🙄)のですが、そのあの手この手が、時代の変化に伴い、逆に支障となってしまった事態に陥ってしまった訳です。

若い頃から、興味あれば何でも首を突っ込んで、本を読んでみたり、実践してみたり、と私の若い頃の時代、、、
50代に入るくらいまでですよね。当時は、持ってる知識と経験で、頼まれれば、あの手この手で対応してきたのですが。。。
まぁ、時代の変化に伴って、第三者監査から見た面、法令と言う程では無いですが、例外的業務が発生しない、遵守事項が増えて来たこの10年と感じています。


そうなると、そのあの手この手が、遵守的にどうなのよ?っとなる訳ですね、効率良く、との闘いな訳です。
まぁ、私も永久にここで依託を受けて業務をするか分かりませんし、次世代が困らせてしまう手段を活用しているのかも、どうかと考えた訳です。

この20年近く、人は削減で減り、その分は当然ながら働ける時間は限られるのですから、24時間365日、パソコンを勝手に動かして作業させていれば、私にとっては効率良く進められましたしね。


今日まで、4月に向けて新たな仕事の進め方への切り替えで、試行錯誤が続いた3月でした。
でも根本的には、依託元と依託受託先と、もう少し理想の効率化を求めてもらう必要性はあります。あくまでも、あの手この手を極力無くしただけで、シンプルな仕事流れにしたのですが、私への属人化(人に委ねる)は変わっていません。
仕事と言う物は変化する物であり、それが外部からの変化と、内部からの変化と分かれます。今回は、外部からの求められた変化。。。

私も数年前までプロジェクトリーダーと言う役職をやっていましたので、基本的に、会社の仕事は誰でも継続性が必須だと考えています。もちろん、発想や企画とかは異なりますよ。そこは経験と発想の腕の見せどころな訳で。
でも、それ以外の会社の業務は、ある程度はルーチンワーク、繰り返す仕事が多い訳ですね。100%同じでは無いにしても、変化があっても根幹は同じな訳ですし。。。

もう、リーダーとしてのやるべき所、気付きと気遣い、は後輩に伝授したつもりです。っとは言いながら「ここちゃんと見てる?情報集めてる?」は、年配の独り言は出てしまうのでしょうね😅

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並行して、風邪をもらい(前回は風邪なんていつだろ😳)、続けて持病が悪化してメンタルも低下。
個人的に仕事も進まない、身体が思うように動けない、もどかしさも沢山続いた1週間でした。

先々週から、ちょっと実家屋根に上がったり、自分の車不具合を触ったりと趣味の延長で、気も緩んでたかなぁ😅


今日は、体調良かったので、1人オフィスへ出勤。出勤しても手当てが出る訳では無く、固定給なので働けば働くだけ損をする😏ってな考えはあまりありませんが、効率良く仕事を進める、が昔からの私の想い。
誰も居ないオフィスで、電話も鳴らない、チャットもメールも来ない、実に幸せな仕事時間でした。平日に仕事するより効率高いかも知れませんね。まぁ、これは1人で仕事をしている部分だから言える事ではありますが。。。基本、会社は団結・協力ですしね。


あと数日で2026年も4月。まだまだ絶賛杉花粉症中ですが、頑張りましょう👍

昨日の土曜日は、高齢父を連れて都内へ。2人で、妻知人の整体師の所へ訪問。


今回の私はズレが酷く、めちゃくちゃ痛がって施術、今日の日曜は疲れ切って布団休息🤣


午前は私で、午後は父。その間にちょっと抜け出して、街並み散歩とランチ。ケンタッキーのバーガーセット😋



まだまだ、杉花粉でマスク着用の日々です😅。桜の時期にも、なりますよねぇ〜☺️

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それと。。。

自宅のエアコンが、20年以上の経過で。4台あるので、一括での交換は家計負担が大きいので、少しずつ順番に交換を進めてきました。

★エアコンの室外対応温度と言うものがあります。昨今の40°C近い気温だと、性能不安も有り、長期利用の突然故障も困りますしね(最新型は室外50°C対応型になりました)。

帰りに横浜駅の家電量販店に寄って、最後のエアコン交換注文へ。

いつも同じ、常駐されてるメーカーの歴代担当さん。他接客で待たされますが、担当業者さんも、お抱え系列でやってもらえるので安心👍

2027年から、法令基準が強化される為、早目に更新を開始していました。行く度に、少しずつ価格も上昇で😅


お話しを聞いた所、来年の新型2027年モデルからは、新法令に基づく製造で、低価格機でも3〜4万円の上昇が見込まれるそうです😳

色々と物価高となり、家計のコストも増えて行きますねぇ😥

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私も、2026年度で定年の年度。これ以降は、法令が定める65までの雇用延長と言う扱いになりますが、年収は大幅減になりますからね〜😡

今年から、家計費を圧縮する計画的な夫婦で行動工夫中です。まぁ、いったんは不必要な買い物をしてないか、の見直しですね☝️

もちろん、それぞれに必要な趣味、それと先行投資と考えられる事は削減しませんよ。
非凡なオジサン夫婦でも、将来は見据えて、自分で計画・行動せねばなりませんからね👍。2、3年前から、それぞれ、思う活動をしています。

仕事内容は同じで、自分の会社基本給が減額と言うのは今一つ納得しがたい所はありますが。中小企業で致し方無し😡

まぁ、慣れた働き場所、と言う事も大事でしょうね👍

ただし、依託元が契約延長続けてくれればの予定給与だけど。まぁ、今のところは、オフィスでの信頼とポジションは得られてるので、大丈夫でしょう😉

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後の心配なのは、1998年式の車くらいでしょうか。2026年で28年経過。もう、自動車部品会社にも、在庫が無い部品が増えつつあり。

色々とネットで探したり、車の技術専門店で部分修理をしてもらったり、と。

1月に、年1回の雪山へスキー&保養所へ出掛けた時、エアコン暖房送風が弱くなって😅
同じような形状の室内送風機(ブロアファンと言います)を通信販売で探して、自分で外して交換して復活しました。


まぁ、長年付き添った車も、なかなか手放せないやつ、ってものですよね。それに欲しいと思う車も無いですし、ハイブリッド車は何と無く嫌い😂

正直なところ、利用頻度を考えると完全故障したら、車を手放しても良いかなぁーって今は思ってます。レンタカーでも十分ですしね。

買物・サイクリング用の自転車は、自分で一式分解・交換メンテナンスが出来ますが、車の趣味レベルでは、出来る所と出来ない所がありますからね😉

車を自分でやってるのは、電球系・エンジン吸気エアーフィルター・点火プラグ・バッテリー・ブレーキパッド交換くらい。

もう、加齢とともに、エンジン冷却水やエンジンオイル交換は面倒で、ショップ任せです😏

車の路面から受ける機構のサスペンション(ショックアブソーバー・コイルスプリング)まで交換してた若い頃情熱は、もう無いですわね🤣

3月11日の当日、ちょうどその時刻は、会議の真っ最中であった。職場の皆さんが所有されている携帯電話が、順次、緊急地震速報を鳴らし始めた。


しばらくして、少しずつ揺れ始め、やがて大きな揺れになる。みんな、揺れが酷くなるにあたり、机の下へ。これも時折行われている避難訓練が役立っているのだろう。


館内放送が入り、屋外避難命令が入る。座席に用意されたヘルメットを被り、階段を降りて屋外へ。後で聞いた所では、天井が落ちた部屋もあったようだ。ビルなので、天井の化粧パネルのような物だが、それでも釣ってある重量はそれなりにある。


しばらくして、ビルへ再入館。再び打ち合わせを再開。だが、それは週末の土曜・日曜で計画されていた作業の延期打ち合わせ。ネットで見る限り、広範囲に揺れを伴い、交通機関も停止している情報から、的確な判断だと思う。


やがて、調整も終わり、就業は打ち切りとなる。都内住まいで帰宅するもの、私のように横浜まで帰れないもの、それぞれ分かれる。


同僚らと、手分けして食料品の調達へ出掛けた。表に出たら、道路は大渋滞、沢山の帰宅する為に歩いてる人達。異様な風景であった。

いくつか店を回ったが、それほど確保は出来なかった。機転の利く同僚が、コージコーナーのシュークリームをあるったけ買って帰って来た。職場では、災害用のペットボトルが配布された。


一息して、自宅へ電話。同僚らは、携帯電話が皆繋がらないと騒いでだ。で、私は電話を掛ける事が可能だった。数少ないPHS電話所有であった。どこへも問題無く掛けれた。必要な方には、連絡用に使ってもらった。

自宅へ電話を掛けたのだが、音は鳴るものの、自宅も家族PHSも誰も出ない。後で分かったのだが、住まいの地域が停電してたそうだ。まぁ、自宅は頑丈な木造建築、妻もしっかりしているし、私の親も近い場所に住んでいるので、大丈夫と判断した。


オフィスに会議用のテレビが置いてあった。アンテナ代わりに、電気ケーブルを探して繋いでみたところ、さすが都内、何とか映った。そして、起きた事象と被害を知る事になる。


今日は帰れない。明日の朝に帰る為に、椅子を並べて仮眠を取る事にした。


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翌朝目覚め、オフィスを後にする。とりあえず東京メトロは動いているので、移動を始めた。東京駅からのJR東日本は、ほとんどまともに運転が出来て無い状態であった。速度を落としての運転。そして駅には大量の帰宅人。


通勤経路とは変える手段を考えた。私のPHS電話機は、ネットブラウザも多少なら見れる機能が付いていた。しばらく周辺をさまよっていた。。。

検索した情報から、次の通りの経路を考えて移動した。東京駅→(徒歩)→日本橋駅→(銀座線)→渋谷駅→(東急東横線)→横浜駅。

後は、横浜市営地下鉄ブルーラインを活用して徒歩で帰宅。横浜駅に着けば、後は歩いて何とかなると考えていたからだ。電車のダイヤは大幅乱れで、9時出発→14時頃に着いたと思う。


妻、当日小学生だった子どもたちの顔を見て安堵する。


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翌週から、仕事は電車が再開するまで、それと通常運行で無ければ乗れないので、朝に駅まで出てからの状況判断が続いた。


一つ、家での課題が出来た。計画停電である。妻は暗いのが苦手。この暗闇の時間をどう対処するか。

仕事柄、パソコン・サーバーの無停電装置がある。バッテリー付いて、コンセントも付いている。小型なタイプで15000円くらい。一つ注文した。

それと、量販店でE26型の電球を付ける台座と、普及が始まってたLED電球を購入した。消費電力が減れば、それだけバッテリーが長持ちするからだ。木材に台座と電源差し込みケーブルを取り付け、電球をセット。これで計画停電時の灯りは問題無くなった。家のコンセントから自動で充電し、コンセント電源が切れれば、バッテリーから無停電装置から電気供給開始され、電球が光る。


仕事柄の機転による工夫だった。


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今は、趣味も兼ねて。まぁ、例の感染症で呑み会が無くなった時に、お小遣いがかなり残った。


再び回避する為、ベランダに太陽光発電パネル2枚と、そこから充電するリン酸鉄ポータブル電源で、充電出来る状態を用意している。


日頃は、在宅ワークでのパソコン充電と、寝る前のスマートフォンの充電に役立てている。多少なりとも、家計費に役立てば。でも、バッテリーは永久では無いから役立ってるのか?は疑問だけど。でも、2021年に設置して、始めてポータブル電源の1台が充電不能になった。4年くらいは持つ訳だ。


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震災において被害にあわれた方に、ご冥福をお祈りする。


日本は自然災害が多い国。これは仕方の無い事。でも、日本が大好きである。だから、自身と家族で被災しない為に、時々日頃の会話は大事である。


現在、私は東京湾の近いオフィスで勤務している。だから、通勤の徒歩で歩く時は、高い場所に上がれる所を見ながら歩いて見たりしている。オフィスは、階上に避難をすれば良いのだから。

以前、少し前に北村さんの誤操作お詫びのブログを書かれている事が有りました。

年齢に関係なく、人間は誤って操作をしてしまう、事は誰でも有り得る事です。私も誤って操作してしまう事はありますから。。。

私が社内の業務担当が、業務システムのアプリケーションを作る側にまわった時、それを感じた瞬間がありました。

提供するアプリケーションは、作成する側にとっては、ある程度想定はして作るのですが、エンジニアとして、これなら問題無いだろう、と作る訳です。

ただ、人間というのはそれぞれの人格も生きてきた生活感・感性も違いますし、作る側の想像出来ないケースも当然ながら発生するものです。

これは、誰が悪い・悪く無い、では無く、みんなそれぞれ違う人間ですから、当たり前の事。

ハインリッヒの法則。

「1回の重大事故は、29回の軽傷事故があり、そこから事故とならない300件のヒヤリハット(事故直前)が隠れている」

と言う言葉を、若い頃の会社の社内研修の中で覚えました。だから、どんなに作り手の想いが完璧だろう、と思われるアプリケーションを作っても、そこには見えない様々な事象が起きている事を認識して仕事を進めるべき、と今でも心に留めている事です。

私も、社内アプリケーションを作ってた若い頃は、それを前提に誤っても良い、あるいは誤りが発生する前に、忠告をする、と言う仕組みを取り入れる事をしてた時期があります。

今の仕事でも、パソコンで自動で集計などするアプリケーション(プログラム)を作る事がありますが、それは私だけでは無く、チームメンバーも利用する事があるので、「本当にこの操作をしても良いの?」と問い掛けるように作ってます。

タッチ操作を減らす、事は操作性が良くなりますが、裏を返せば誤り増えると言う事ですね。

今のスマートフォンは便利ですが、「この操作を本当にしても良いの?」と最後の確認が出来る事が出来れば(利用者が警告表示・非表示を選択できる作り)、人間の誤操作を少しでも減らせるのでは無いかな、っと思う次第です。

操作性(パソコンやスマートフォンでは、もっぱらユーザーインターフェースと言いますが)は、利用者目線が重要。今の若い世代〜現役世代、アプリケーション開発を行なっている方には、気に掛けて欲しい点です。