「とっておきの隠れ家的飲み屋」というのがあって、その店の存続が危ぶまれた時2つの考え方がある。

1つは「それも時代の流れだ」とあきらめる。

もう1つは店が存続するように何とか頑張ってみる。

今日お送りするのは後者、「何とか頑張ってみよう」というお話。



仙台に「文司」というカウンターだけの小さな焼き鳥屋がある。
通い始めたのは仙台で生放送のレギュラー番組を担当していた頃だったから文司歴はもう12、3年になるか。


通称「ションベン横丁」と呼ばれるディープな場所にあったその店はお世辞にもオシャレな店とは言い難かった。

しかし、基本的にはヒマなその店を隠れ家的に使っている人は多く
「みんなで飲んで、帰りに一人で」とか
「飲み屋のママがお店を終えてお客さんと共に」とか
「飲食店の経営者が仕事帰りに一杯」
というような客で、店は地味ながら根強い人気に支えられ営業を続けていたのだった。


店の場所やそんな個性的な客の雰囲気に加えて、不機嫌なのか何なのか無口で愛想のない親方が一人で切り盛りするその店はフラッと通りかかった客が入って来るにはかなり難易度が高い。

しかし、実はその親方、よく見るとぬいぐるみのような愛らしい目をしていて笑うと素晴らしく可愛らしい。
「話しかけられれば答えるが、自分からはほとんど話しかけない」という接客の間合いも絶妙である。

さらに基本的な話だが食事がなんでも旨い。
メインの焼き鳥やつくねが旨いのはもちろん、親方が自分で釣ってきた魚は新鮮だし気が向くと作るラーメンは絶品である。
焼酎の水割りを頼めば、一切の躊躇なく目の前の水道の蛇口からジャーと水を汲んで「ホイ」っと出される。
その思い切りの良さは「もう水なんて水道水で十分じゃないか!」と思わせる程の潔さだ。

そして何よりも安い。
何人かで食べて飲んで「え?」という金額である。
「これからは、決めた金額に¥1,000を足して請求した方が良い」と余計なアドバイスをしてしまう程である。

そんな風だから、初めて連れて行ってもらったその店に仙台に行く度に通いようになるまで、それほど時間はかからなかった。


ある時、店を終えてからの早朝に海釣りに連れて行ってもらった。
テレビのとなりになんとなく置かれた写真はその時に親方と2人で岸壁で撮ってもらったものだ。


この店、親方が時々「ヒマだ。もう辞めようかな」というのでこれまでに「店救済策」とも言える対策を講じてきた。
その最たるものが「ボトルの連鎖」である。

ルールは至って簡単。
「坂本サトル」の名前で店に焼酎のボトルをキープする。
それは誰が飲んでもいい。ただし空になったら次のボトルを入れる。
これだけ。

当時やっていたブログで店の名前と場所を発表して、その企画はスタートした。

始めた当初に比べればペースは落ちたが、現在もこの連鎖は続いていてその数は60本を超えている。
この方式は、うまくやれば「ほぼタダ酒」を飲めるわけだが、悪用する人は現れず、店には定期的にボトルがキープされていったのだった。(空いた瓶はお土産としてもらえる)


そんな作戦も少しは役に立ったのか、店は儲かりもしないが潰れもしない。
僕らのような客を相手にのんびりと営業を続けてきたのだが…。


雲行きが怪しくなってきたのは、店が現在の場所に移ってからだ。
ションベン横丁時代は場所がその横丁の名前からは想像できない程の一等地にあった上に、いわゆる路面店だったため、気軽に立ち寄れる店だった。入り口の引き戸もガラスだったし。
ところが新しいビルが建つとかで立ち退きを迫られて移ってきた今の場所は、雑居ビルの2階。しかもドアはがっしりとした木製で、店の中は見えない。

仙台でも有名な「綺麗なお姉さんがビールをついでくれます1時間¥5000で」的お店が多数入っているビルのとなりにある薄暗い路地を突き当たりまで行って階段を登る。
そこにそびえるのは中が全く見えない立派なドア。ぼったくり確率予想は80%を超えるのではないか。
「たまたま入ってみる」のはほぼ不可能である。

しかし、実際には旨い、安い。居心地がいい。
さらに今の場所に移ってくる時に改装したため店内は綺麗。
生ビールも旨い。親方は無口だが、実は人のいい釣り人。

なんとも歯がゆい店なのである。


そんな場所の不利に、昨今の不景気が追い打ちをかける。
「もう辞めてもいいなあ」と親方がこぼすのも無理はないのかも知れない。


しかし、仙台での憩いの場がなくなってしまうことはどうしても避けたい僕は親方に言ってみたのだ。

「お客さんが来るようなこと、していい?」と。

すると親方、その愛らしい瞳をクルクルと輝かせて言ったね。

「いいよ。」


隠れ家が隠れ家でなくなることは残念だが存在自体がなくなってしまうのはもっと残念だ。


ということでやります。
「坂本サトル、文司1日店長」


期日は7月31日(土)
詳細は後日発表。


●文司
*電話:022-261-6791
*住所:仙台市青葉区国分町2-9-5国分町一番街2階
*営業時間:19時頃~最後の客が帰るまで
*アクセス:国分町ナイタービル右。国分町一番街を突き当たりまで入って左の階段上がる。
*客席:カウンターのみ8席。
*定休日:日曜(次の日が祝日であろうと絶対に日曜に休みます)
*ボトルの連鎖:「坂本サトルのボトル」というと出てきます。飲みきって次のボトルを入れること。
→まずは電話して空席を確かめるのが文司流。たいてい空いてます。
→このブログを読んで来たことを告げると親方の目が優しく光ります。
→1人では入りにくいかも。お友達とお誘い合わせの上どうぞ。

$坂本サトル「日々の営み public」