帰国後5日後ほど経ちましたが、未だに時差ボケ。

日本から東に行くと日付変更線やらで日が先に進んでるんですけど、西に行くと日付が戻っていくのです。

で、イタリアは7時間ほど日が戻ります。

つまり。

日本が朝7時だとしたらイタリアは午前0時なわけです。

ということは。

日本で朝起きる時間はイタリアでは寝る時間なので、その分体が眠いわけです。

アメリカとかだと早起きになるんですが、イタリアだと遅起きになるのでサイクルとしてはデメリットが過ぎる…。

元々寝起き悪い方なのでこれ矯正するの凄い時間かかるぞ…!

イタリア帰れば解決するのでは…???

 

さて3日目。

先のブログでDAY.2と銘打ったと思ったら後編がDAY.3になっててビックリしました。

認識すらあやふやになってて草も生えない。

グランフォンド本番です。

正確にはメディオフォンドに参加なので115kmとかそのくらいなんですが。

前日のテストライドで気になった部分の調整を終えレース会場へ。

6時半ごろ到着するとさすがに人もまばら。

これまでレースに参加すると緊張から心拍が出走前にもかかわらず160記録したりするのですが、今回軽い気持ちでいたのでも少し軽め。

つまりこれが油断です。

時間までゆったり。

招待組は同じジャージ、同じバイクで参戦するので統一感。

ジャージの写真を撮ったと思っていたら撮っていなかった…。

何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何が起きたか分からなかった…。

7時を幾分か過ぎて号砲。

そこそこの位置で並びだし出発。

グランフォンド、というと日本だとロングライドイベントみたいなイメージですが、外国ではどうも違うらしいです。

開幕カーブはそこそこに、しかし直線に入ると恐ろしくスピードが上がります。

逐一サイコンを確認するも35、36、37、38km…と速度が上昇していきます。

この時点で気持ちを切り替えます。

これはグランフォンドとちゃう…これは…レースや!!

速度を上げるガチ勢の邪魔にならないように平地が終わるまで適度な集団にタダ乗り。

少しでも消耗を押さえないとリタイヤしてしまうのです。

最終目標は完走なので無理をしてのリタイヤは避けたいところ。

そうこうするうちに最初の登り区間へ。

平均5%最大勾配12.7%と比較的マシな登り。

 

イタリア行きが決まってから練習しないと、とは思っていました。

が、今年の鈴鹿が諸事情で取りやめになってしまったのと、プライベートで中々モチベーションと練習時間がとれなかったことで練習不足。

正直完走すら危うい状況でした。

 

速攻足が着きました。

ですよねー。

なので正直登りのインプレはできません。

平坦についてはそこそこの強度で30~35kmをキープできたのでやはり今年のDOGMA F12は化け物です。

乗り味もまるで絨毯の上を走るかのように静か、なめたか。

帰国後愛機に乗るも感覚がおかしくなってしまい、やはりトップモデルを興味本位で乗ってはいけません。

買わざるを得ないじゃん…。

レース特に出る予定無いのに…。

 

登って乗ってを繰り返してるうちにまず第一休憩所へ。

エイドステーションではなく、休憩所と言うのは、特に食べ物飲み物が用意されていないからです。

イタリアは日本と同じで水道水も飲めますので、給水。

気温は40度以上。

ボトルの水もぬるくなります。

そこそこ飲んだので補充も兼ねて。

そこで代理店の営業氏とサイクルモードのディレクター氏と合流。

聞けば他の日本勢はおそらく先に行ってるのでは?とのこと。

休憩で体力も回復したのでのんびり出発。

ここで軽いインタビューコントやってましたがあそこじゃなきゃ出来ませんでしたね。

ギリギリ体力の残ってるうちは元気でした。

そうこうしてるうちにエイドステーションへ。

ここでは果物や飲み物が用意されています。

果物やパンを摂食しハンガーノックや脱水に備えます。

もちろん水も補充。

その先にはロングコース”グランフォンド”とショート”メディオフォンド”に分かれる道があるため途中で別れます。

と思いきやその前に一人で落ちました。

落車ではないです。

遅れただけです。

その後一人でゆるりと登り、登り、登り、気づきました。

もうこれサイクリングじゃなく登山じゃね?と。

多分半分以上歩いて登ってました。

歩きを考慮してSPDペダルにしてたのもここで効いてきました。

普段からSPDですけどね。

 

平均4%最大勾配13.6%の峠へ。

ふと気づけば景色は綺麗。

心はへし折れそう。

脚はガクガク。

満身創痍でした。

この時点でおそらく半分程度。

少し下ったり登ったりするとメディフォンド最大の、まさに壁。

カデルポッジョの壁が姿を現します。

もちろん登れるはずもなくゆっくり歩きます。

直射日光は体を焼き続け、ここで終わってしまおうかと考えてしまいます。(ずっと考えていました。)

ふと見上げるとピナレロゲートが。

もしかしてここがエイドステーションか!!!

と思ってくぐったらまだ登らされました。

結局アレが何だったのかと未だに謎です。

ああいうのホントやめてほしい。

イタリアには人の心が無い。

 

今度こそ本当に3つめのエイドステーションへ。

ここでも果物他が。

固形物を入れると死ぬ予感しかなかったため果物の水分を吸いつくすように。

ビタミンはあるやろいけるいける。

ここで体力を回復するのに10,20分はいたような気がする(体感)

出発する時にスタッフさんが「がんばれがんばれ!(イタリア語)」と応援してくれました。

言葉は分からずとも心は通じるものです。

体力と同時に気力も回復したような気がします。

 

その後、城?やワイン畑など日本では普段見られないような景色を眺めながら走ります。

途中死にそうになってると他の優しい参加者さんが「うちの集団に乗りな」と一緒に走ってくれました。

あまりの優しさにおもわず惚れてまうところでした。

ノンケです。

途中で足が死に分かれましたが。

そのあたりで足が攣り一度バイクを降りてケア。

犬の散歩の途中であろうおじいさんにも「大丈夫か」と心配される始末。

完走という目標が無ければここで確実にリタイヤしてました。

その後も幾度となくリタイヤの文字が頭を浮かびました。

登れば足が攣る状況でやむを得ず歩くもふとした瞬間に足が動かなくなります。

都度止まりつつケアしつつ少しずつ進みます。

 

少しずつ進むも本当にゴールはあるのか?なぜ進まなければいけないのか?

どうして自転車にのるのか、なぜ、どうして、ナンデ。

ずっとそんなことを考えて景色を楽しむ余裕もなくなりつつありました。

最終的には人はなぜ生きるのかという命題に行きつきもはやここまで。

しかし、途中で4つ目のエイドステーションで回復。

少し登りもありますが、下り基調へ。

むしろ疲れと下りが凄すぎて制動がうまくいかず。

集団にいたり、ディスクブレーキでなければ落車や巻き込みをしてたと思います。

こういうところでも車体にかなり助けられました。

 

そして光明が見えてきます。

ふと見上げると「25km」の文字が。

残るは平坦の25km。

ここまでくればもうリタイヤはありえません。

死ぬ思いで足を回し、前へ。

しかし、進めど進めど次の残り表記が見えません。

あと何kmがこまめに見せてくれればよかったのにと思いますが、終わった今となってはどちらがよかったかいまだに確信が持てません。

サイコンも途中でバグったらしく、下りのあたりで時速100km超の数字が出た時点で見るのをやめました。

平地で残り少ない体力をやりくりしながら進み、ようやく「10km」表記が。

このあたりで足もおしりも限界を超えており一漕ぎして進み、慣性で休み、一漕ぎ、休みの繰り返し。

時速11kmくらいにまで落ちていたかと思います。

その後5km、4km、3kmの表記が見えるのも長く感じました。

しかし、いよいよこの地獄にも終わりが見えてきました。

前日テストライドで走ったコースにも思いをはせながら過ぎ、ゴールの門をくぐり、レースは終わりました。

そして無事時間内に完走し、証ももらいました。

最下位のつもりで走りましたが、そうじゃなかったらしいです。

4時にゲート締め切られるのを知っていればそこに合わせて最下位を狙ったのに。

と思いましたが、そんな調整する余裕はなくただ完走するだけで精一杯でした。

ゴール後、冷たいスイカと水をゲット。

あ”ぁ”~~~~ごれ”だよ”ごれ”が欲しかったんだよ~~~~~。

という神の恵み。

休憩ブースで座るもそこから動けなくなりました。

限界も越えまくったので仕方なし。

しばらく休み立つだけの体力が回復したので参加賞をもらいに行きます。

うひょ~~~~~~パスタじゃぁああああああ!!

豚肉と塩キャベツの塩っ気が体に英気を取り戻し!!

麦からできたジュースでかきこみ!!

回復しました。

あの状態だったらなんでもうまい。

空腹は最高のスパイスやでぇ。

 

その後、ホテルまで戻るもまともに歩くことすら難しくフラフラしながら晩御飯に向かいました。

いやもうこれ完走しただけでもすごいことだと思うのでもっと褒めてください。

 

そして地獄の窯が閉じました。

翌日からは休養日ぃ!!

ひゃっほぅ!最高だぜぇ!!